6

 エレベーターに乗り一つ下の階へと向かった知真と陽南。一階分下りるだけだったが、通常よりも時間をかけエレベーターは下りて行った。

 そしてドアが開くと、正面に厳重なドアがあり右手にデスクがあるだけの場所が二人を迎えた。そのモニターなどが置いてあるデスクには制服を着たあまりパッとしない顔の警察官が一人座っているだけ。

 エレベーターが開いた音で顔を上げたその警察官は知真を見るや否や立ち上がり敬礼をした。


「これは伊勢支部長」


 それに対し知真も敬礼を返す。


「問題はないか? 利﨑君」

「はい。相変わらず大人しくしております」

「それは何よりだ」


 利﨑と呼ばれた警察官と会話をしながらエレベーターを降りた知真は厳重なドアへ足を進める。ドアまで行くと傍に設置されたモニターにパスワードを入力しその後に掌を画面へ。モニターが手をスキャンするとドアから開錠音が響く。

 そしてドアを引き開けた知真は後ろで待っていた陽南の方を見た。


「この先であの男は収容されている。本当に行くのか?」


 その最終確認に陽南は言葉ではなく開いたドアを通ることで答えた。

 ドアの向こうにはあまり横幅の無い一本通路が少し伸びており、先にも又もや厳重なドアがもう一枚設置されていた。

 今度は陽南が先頭となり通路を歩き、そのドアの前で立ち止まる。ドアを開こうと思ったがそのドアには取っ手のようなモノは見当たらない。どうすればいいのか後ろの知真に聞こうと思ったがその前にドアは自動で横に開いた。あの警察官が遠隔で開けたのだろうと納得した陽南は通路と収容部屋の境界線を跨ぐ。

 そこは一面真っ白な空間だった。その空間を二分する(透明だがその分厚さが分かる程の)ガラスの向こう側はベッドと小部屋しかなく最低限の居住場所といった様子。

 そんな収容部屋にあるベッドの上には一人の男が横たわっていた。寝ているのだろう顔に雑誌を乗せその上に更に腕を乗せもう片方の手はお腹に乗っている。


「起きろ。ブラッド」


 陽南の横に並んだ知真は男を起こそうとするがピクリともしない。


「ブラッド!」


 次は少し大きめの声が響いた。

 その声に反応した男は緩慢と雑誌を持ち上げ――起き上がる。立てた膝の上に腕を乗せまだ眠そうな顔をしていた。


「あの男がアレクシス・ブラッドだ」


 知真は陽南に聞こえる程度の声で男の名前を教えた。


「何の用だ?」


 寝起きだからなのかそれは不機嫌そうな低めの声。


「まだ決定したわけじゃないが彼女がお前の条件の人だ」


 するとアレクシスの鋭く切れ長の目が獲物を捕らえるように陽南へ。十名もの人間を殺した男から鋭い視線を向けられれば反応のひとつはしそうだが、陽南は不思議と落ち着いていた。

 そしてアレクシスはそのまま何も言わずベッドから下りると片手をポケットに入れ大きく欠伸をしながら陽南の方へ。そんな彼に合わせるように陽南もガラスに近づいた。

 一方、逆に後ろへ下がり壁に凭れ掛かる知真。

 そしてガラス越しに対面する二人。陽南はアレクシスの真っ赤な目を見上げながら思ったより落ち着いている自分の鼓動を感じていた。


「(この人がお姉ちゃんを……)」


 だがそう考えると握った拳に力が入る。


「俺を殺したいか?」


 自分を見上げる陽南の目がそう語っていたのかアレクシスは静かに質問を投げた。


「もちろん」


 それは考えるまでもないと補足するほどの即答。もしこの国で復讐による殺人が許されるのなら今すぐにでもそうしてやりたい程に憎い。それがアレクシスへの率直な気持ちであり、姉である澪奈への愛情だった。


「殺りたいなら殺れ。お前にはその権利がある」


 出来ないと分かっていておちょくっているのか、それとも本当にそう思っているのか、彼の気持ちは定かではなかった。

 出来ることならそうしたい。そう思っていた陽南だったが、今更アレクシスを殺したところで姉は帰って来ないことも同じように理解しており、その分彼女の中で理性と感情が鬩ぎ合う。

 考えれば考える程その鬩ぎ合いは激化し――でも結局最後に残るのはそんな自分への嫌悪感と虚しさだけ。それに加え湧き上がってきたのは、目の前の男がこうなるように仕向けたのではという懐疑の念。それが陽南に眉を顰めさせては下唇を噛みしめさせた。

 これ以上付き合う必要はない。そう思った陽南は聞きたい事だけを訊き、早々にこの場所を去ることを決めた。


「どうして、」

「自分を指名したのか。か? それとも自分の姉を殺したのか。か?」


 どちらを先に訊こうか迷い言葉に詰まった読点ほどの隙間にアレクシスの声が割り込む。しかもそれは、心を読んだように陽南が迷った二択。

 言い当てられたことで少しばかり心に動揺の波が立つが、陽南はそれを悟られぬように――というより強がり平然を装った。


「両方。でも何でお姉ちゃん達を手にかけたのか。そっちの方が知りたい」

「それは……」


 陽南は理由を知りたいという気持ちとその言葉の続きを聞くのが怖いという気持ちが共存した何とも言えぬ気分のままアレクシスの次の言葉を待った。


「いずれ分る。お前がこの件を引き受ければの話だが」


 だがしかし、結局いいところで終わるドラマように理由を話さなかったアレクシスは陽南に背を向けるとベッドへと歩き出した。


「ちょっと! 待ってよ!」


 そんなアレクシスに思わず叫びながらガラスを叩く陽南。

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