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そして未だこの場所がどこか分かっていなかった陽南はまず辺りを見回す。
「ここって……」
「羽田だ」
質問するまでもなくドアを閉める音と共に答えは返ってきた。その答えを聞きながら羽田空港の馴染みある建物を眺める。
「雨夜君」
名前を呼ばれ再度ヘリに視線を向けると既に女性と青年はヘリへ足を進めており、知真は陽南を待っていた。
「すみません」
早足で遅れた分を取り戻すと陽南は彼らと共にヘリに乗り込んだ。そして四人を乗せたヘリはSRM日本支部を目指し空へと飛び立つ。
ヘリがSRM日本支部に到着するまでの間も陽南の中ではあの頃の感情が蘇り渦巻いていた。大好きだった姉を自分から奪ったのは不運ではなくこの男。まだ手に持っていたタブレットを付けると映し出された写真に目を落とす。この男がいなければ姉はまだ生きていた。そう考えてしまうと嫌でも良くない感情が沸き上がる。それらに耐えるため彼女は静かに下唇を噛み締めた。
そんな陽南らを乗せたヘリは飛行を続け短時間でSRM日本支部ビル屋上に着陸。ヘリから降りると知真を先頭にエレベーターへ。どんどん下へいくエレベーターは一気に地下まで下りていく。
そして到着の音を鳴らしたエレベーターのドアが開くと、そこには白い壁で囲まれた少し広めの空間が広がっていた。地下だが照明のお陰で明るさは十分。
その空間の一番奥には部屋が一つとその隣に給湯室と書かれた暖簾がかかった場所。その傍にドアが二枚。右手にトイレが二つと大窓を挟みドアが一枚。左手には中の見えない大窓が二つと、その手前にはテーブルとそれを挟んだ両側にソファ。それより更に右手には少し間隔をあけてドアが二つ設置されている。
そして空間の中央付近には二つの向かい合ったデスクが計五組置いてあり一番奥の部屋手前に一つデスクが置いてあった。
「ここがSRM日本支部の刑事第一課だ。主にエリアンによるレベル三以上の重犯罪を優先して捜査するが、普段は犯罪を未然に防ぐため情報収集を行ったり他の課の援助に回っている。私が直接指揮をする部署でありSRMの主力だ」
「あっ! おかえりなさい」
すると給湯室と書かれた暖簾から出てきた背の低いミドルヘアの女性が知真らに向け笑顔を見せた。大きな目とニッコリと笑った笑顔が可愛らしい女性は警察官の制服を着ている。下は今では廃止されたスカートだった。
「七海君。お茶を私の部屋に頼む」
「はい」
七海と呼ばれたその女性は笑顔を浮かべたまま返事をすると再び給湯室へと入って行った。
「戌井。九条。君たちは仕事に戻ってくれ」
「はい」
「雨夜君は奥の私の部屋へ。そこで詳細な話をしよう」
「分かりました」
正面の一番奥の部屋を指差しながらそう伝えた知真は陽南からの返事を受け取ると先に歩き出した。
「つっても今のとこやることねーからな」
「昨日の報告書はやったの?」
「俺、報告書書くの苦手なんだよなぁ。代わりにやってくね?」
「嫌よ。前も私が書いたでしょ。それに苦手なら練習しなさい」
「えぇー。いいじゃねーかよ」
……
そんな二人のやり取りを背に遅れながらも足を進める陽南。
部屋の中は入って右手にメインのデスクとその前に並べられた二つの椅子、あとはいくつか棚があるだけのシンプルなものだった。
「掛けてくれ」
知真はデスクの前の並んだ椅子を手で指しながら自身は反対側の椅子に座った。彼に続くように陽南もデスクを挟んだ椅子に腰掛ける。
「さて。まず本題へいく前にSRM日本支部支部長として一年前の事件を事故と処理したことを心から詫びよう。本当にすまなかった」
その言葉と共に知真は深く頭を下げた。
「上からの指示とはいえ遺族には何としても真実を伝えるべきだった」
「――いえ。どちらにせよもうお姉ちゃんが居ないことに変わりはないので。それにもうその犯人は捕まってるんですよね?」
陽南はここまで移動してくる間に、今更考えても何も変わらないと自分に言い聞かせ、不快な感情を無理やり隅に追いやるこで少しだが落ち着きを取り戻していた。
「あぁ。我々が駆け付けた時もまだそこに居た犯人を現行犯逮捕した」
「なら私に出来ることは結局何もありません。ですがもしよろしければそうすることになった理由を教えて頂きたいのですが」
「もちろんだ。君には知る権利がある。それに本題にも関わる情報だからな」
その本題というのが何なのかという疑問もあったが、今は一年前の理由の方が気になっていた。その理由が正当なもので少しでも楽になれたらと、心のどこかで思っていた事を今の陽南に否定することは出来ない。
「ではその理由だが、一言でいうならば彼が――犯人が吸血鬼だったからだ。吸血鬼という種族は知っているか?」
「いえ、ドラマや映画で題材にされているような吸血鬼なら知っていますが本物は良く知りません」
僅かに首を振る陽南。
「簡単にだが説明しよう。吸血鬼は数の少ない種族だ。あの日、未確認飛行物体に乗っていた数は十も満たないと聞く。それが世界に散らばっているのだからその希少性は非常に高い。彼らは我々のよく知る通り血を摂取するが、頻度は低く基本的には人間と変わらず普通の食事を取る。そんな彼らの特徴は二つ」
そう言って知真は指を二本立てて見せた。
「一つ目は高い身体能力だ。基礎的な能力が高い彼らはトレーニングなどを積まなくともアスリート並み、いや、それ以上の身体能力を有している。そして二つ目は高い生命力。健康状態の維持や怪我などの治癒が人間の比ではない。まだまだ未知の存在ではあるが今の段階での大まかな特徴はこの二つだ」
「では犯人がその吸血鬼だったから公にならなかったというのは?」
「研究だ。その生命力の謎を解明しそれを人間の治療等に使用できないかと上は考えた訳だ」
「でもその方にも家族とかいるんですよね? そんな人体実験みたいなことをしていいんですか?」
「我々が調べた範囲で親族は見当たらなかった。それに解剖するわけではない。それと選択権は彼にもあった。刑務所に行くか研究に協力するかのな」
「失礼しまーす」
するとお茶とコーヒーを乗せたトレイを持ってきた七海がノックに続き部屋へと入って来た。デスクまで足を進めると知真の前にコーヒー、陽南の前にお茶を置く。
「どうぞ~。あっ、お客さんもコーヒーがよかったですか?」
お茶を置いた直後、気が付いたようにそう尋ねた。
「いえ、お茶で大丈夫です。ありがとうございます」
「では私はこれで。失礼します」
終始笑顔を浮かべていた七海は礼儀正しくお辞儀をすると部屋を後にした。
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