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 知真のスピーチが終わると陽南は一足先に部下二人に連れられ廊下へ。そして二人の部下と共に知真が出て来るのを待った。

 沈黙と共に和真を待っている間、陽南は部下の一人に目をやる。その人はパンツスーツにお団子ヘア、腕に黒紫のアナログ腕時計を付けており平均より背の高めな女性。見た目は仕事ができ頼りになる上司、キャリアウーマンといった言葉が似合うが同時に少し厳しそうな雰囲気も漂わせていた。

 そしてもう一人へ。その人は生意気そうだが憎めない弟のような青年。ネクタイは緩み腕には黒紫のブレスレットを付けており身長は女性より低くて陽南より高い。

 陽南が観察するように二人を見ているとドアが開き知真が出てきた。


「雨夜陽南だな?」

「はい。そうですけど……」

「詳しくは移動しながら話す。戻るぞ」

「あいよー」

「はい」


 どこに行くのか? なぜ私は呼び出されたのか? 様々な疑問が頭を駆け巡り知真が歩き出しても立ち止まったままの陽南。


「何やってるんだ? 行くぞー」


 すると青年に背中を押され我に返った陽南は連行される犯罪者のように間に挟まれながら知真の後に続いた。

 そしてそのまま外に出るとそこには黒塗りのセダンが一台、彼らを待っていた。女性が運転席で知真は助手席。陽南は背後の青年に促されるように後部座席に乗り込んだ。

 全員が車に乗り込むと女性はアクセルを踏み車を発進させた。


「これからSRM日本支部へ向かう」

「はぁ。あの、どうして私が?」


 その質問に対して知真は少し間を空けてタブレット端末を後部座席の陽南に手渡した。


「この男を知っているか?」


 そこに映っていたのは切れ長の目の青年の写真。黒髪はあまり長くなく一般的にイケメンと称される顔立ちをしているが、少し威圧的な雰囲気も感じる。

 だが陽南にとってこの青年は初めて見る顔で全く知らない人物だった。


「いえ、初めて見る顔です」

「そうか」


 知真は少し残念そうな溜息交じりの声を零した。それが陽南の疑問を更に膨らませる。


「誰なんですか? この人?」

「一年前、宇出島で起きた特別生理学研究所の事故を知っているか?」

「はい。エリアンの医療や彼らの持つ未知の細胞が人間へ利用できないかなどを研究する生理学研究所で起きた事故ですよね? ある研究員のミスにより有害なウイルスが漏れていしまい十名の研究員が亡くなった」

「へー、やけに詳しいじゃん」


 陽南の説明に隣に座っていた青年は鋭い犬歯を覗かせた笑顔で感心したような声を出した。


「私の姉がそこで働いていたので」

「――まさかそのお姉さんというのは雨夜澪奈博士なのか?」

「はい」


 当然だと言うようなその返事に車内は凍り付いたように沈黙した。置いてけぼりの陽南だけを除いて。


「すまない」


 すると少しして知真の謝罪の一言が沈黙を破った。


「いえ。最初は悲しかったですけど今はもう大丈夫です」

「いや、そうじゃない」


 知真の謝罪を一年前の事故で亡くなった澪奈が姉であると知らずに思い出させるようなこと言ってしまいすまない、という意味だと思っていた陽南にとってその言葉は予想外というより意味が分からなかった。そんな少し首を傾げる陽南に知真は言葉を続ける。


「我々は君にとんでもない事を頼もうとしているようだ」

「どういうことでしょう?」


 自身でも温度差を感じながらも陽南は依然と頭上に疑問符を浮かべ続けていた。


「君のお姉さんは事故で亡くなったんじゃない」


 言いずらそうにひと呼吸分の間を空ける知真。


「――その男に殺されたんだ」


 それはまるで知らない言語で話されたように、陽南は知真の言葉を理解することが出来なかった。そして遅れてきた言語処理係が一言ずつ解読し始め、知真の言葉を徐々に理解していく。

 事故で死んだと思っていた姉が実は殺されていた。なぜ殺された? どうして事故として処理されてるの? まだ突然の事実を受け入れることは出来なかったが、それを他所に新たな疑問が次々と浮かんでくる。その所為で口は半開きでポカンとした表情を彼女は無意識に浮かべていた。


「これは他言無用の機密事項だが、一年前の特別生理学研究所で起きたのは職員のミスによるウイルス流出が原因じゃない。その男が十名の職員を殺したんだ」

「でも――どうして……なんで、そんな……」


 依然と陽南の頭が混乱しているのは、その整理の出来ていない言葉を聞けば明らかだった。


「この件を事故として処理したのは上からの命令だった。それはその男が吸血鬼だからだ。犯行理由については黙秘し続け分かっていない。――だがまずは自分の中で整理する必要があるだろう。続きは支部に着いてから話そう」

「はぃ。ありがとうございます」


 それから陽南は姉が死んだことを聞いたあの日のことを思い出していた。頭は空っぽになってしまったように何も考えられず、悲しみの海に引きずり込まれたあの日を。

 それからの日々、暫くは生きた心地がしなかった。心にぽっかりと空いた穴から全ての気力が流れ出ていたのかもしれない。何もやる気が起きず、まるで人形のようにただ日々を生きていた。

 そんな風に暫くの間、過去の事を思い出していると彼女にとっては突然、車が停まった。


「ここからヘリに乗り換えて支部まで直行する」


 知真の言葉に少し遅れて顔を上げた陽南が車外を見ると、そこではヘリが飛び立つ準備を整え待機していた。

 そんなヘリをただぼーっと眺めていると、後部座席のドアを知真が開く。


「――あっ、ありがとうございます」


 慌てて一言お礼を言った陽南はシートベルトを外し車から降りた。

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