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――二月一日。都内某警察学校講堂。
この日、警察学校講堂では第一五九二期生の卒業式が行われていた。総勢二百五十名の卒業生が警察官としての第一歩を踏み出す為、この警察学校を卒業しようとしていたのだ。
その中には他の卒業生同様に警察官の制服に身を包んだ陽南の姿もあった。耳にかかった短い髪を掻き上げると黒髪を触り整える。
「ちょっとあんまりソワソワしないでよ、目立つじゃない」
すると横から中学時代からの親友である川島優奈が小声で注意するように声を掛けてきた。顔は前に向いたままで横目で陽南を見ている。そこにはいつも見せる太陽のような笑顔はなかったものの怒っているという様子でもなく、至って真面目。
「ごめん」
陽南は横目で自分より少し背の高い優奈を見ながらそっと立てた片手と一緒に小声で謝る。それと同時に改めて優奈がショートヘアのよく似合う女性だなと呑気に思っていた。ショート以外の髪型を見たことがないということもあるだろうがそれよりも昔からずっと変わらずショートヘアだった優奈に対して出来上がったイメージが大きく影響しているのだろう。
「続きまして警視総監、川路俊哉様より、ご祝辞を頂きたいと思います」
司会の言葉で白髪混じりの五十代半ばぐらいの男が壇上へ上がった。
「えー、皆さん。改めましてご卒業おめでとうございます。今日という日は警察学校を終える日であると同時に、皆さんが警察官となる日です……」
その祝辞を聞きながら陽南は、これから夢だった警察官になるんだいう実感が遅れながら少しずつ湧き上がってきているのを感じていた。
「では警察官であるという誇りを胸に市民に寄り添い、ここでの学びを十二分活かし、皆さんが大いに活躍することを心から祈念して私からの祝辞といたします」
一礼をし壇上を下りていく警視総監を会場中の拍手が見送る。
すると席に戻った警視総監の元へ壁際に立っていたオールバックの男が一人、近づき耳打ちで何かを話しているが通路側の席だった陽南から見えた。ほんの少し話をした男は改めながら一度頭を下げると真っすぐ壇上へと向かう。
「続きまして……」
司会が次の項目に移ろうとする中、あの男が壇上に上がりマイクの前に立った。
それに対し辺りの職員を見たりと焦る司会者。その様子から男が壇上に上がることは予定されていなかったのだという事が伺えた。
「突然壇上に上がり申し訳ありません」
堂々とした声で話し始めた男はまず突然の事を詫び、会釈程度に頭を下げた。
「ですがつい先ほど川路警視総監と吉川校長から許可を頂きましたのでほんの少しお時間を頂きたいと思います」
そして続けて男がそう説明すると司会者へ向けて警視総監と警察学校校長は手を軽く上げ簡単な肯定をした。それで安堵したのか司会者はマイクから一歩下がった。
「まず初めに皆さんご卒業おめでとうございます」
言葉の後に深く頭を下げたその姿は心から祝福しているといった様子だった。そして彼が頭を下げ――上げるまでの間で、微かにざわついていた講堂内は再び静寂を取り戻す。
そして改め卒業生を見つめる双眸は未来まで見通しているかのように堂々たる眼差しだった。
「私はSRM日本支部支部長、伊勢知真と申します」
するとその肩書に卒業生は再度、僅かなざわつきを見せる。それは陽南と優奈も例外ではなかった。
「えっ! SRMってあの宇出島を管轄にしてる人達じゃん」
「確か警察や自衛隊からエリートを集めてるとこだよね?」
「エリート中のエリートよ」
「そんなとこの人が何しに来たんだろう?」
他の卒業生同様に疑問こそあったものの陽南はどこか他人事だった。
「では余りお時間を頂く訳にもいきませんので早速本題に入らせていただきます。本日ご卒業予定の雨夜陽南さん。ご出席でしたら至急、私の部下の所へお越し下さい」
和真は先程自分が立っていた場所――警視総監と警察学校校長の席より後方の壁側を丁寧に指し示しながら多少のざわつきなど関係ない声で続けた。
「ええっ! 雨夜陽南って……。私?」
その声は驚きを隠せてはいなかったものの息を潜めるようにまだ小さい。そんな小声と共に陽南は優奈の方を向き自分を指差していた。
「アンタ以外いないでしょ? その名前」
「えっ? えっ? で、でも何で私? もしかしたら同姓同名の子がいるのかも」
「知らないわよ。それにいないでしょ? それよりもアンタ一体何したのよ?」
「何もしてないよ。助けてよ優奈ぁ」
泣きつくように優奈の腕を掴む陽南。
「無理よ。というか何から助けるのよ」
だが陽南とは裏腹に優奈は落ち着いていた。
「突然のことで戸惑うのも分かりますが、貴方を何かしらの罪に問おうなどということでは決してありませんので安心して下さい。それと校長の許可も既に頂いていますので、その辺りもご安心下さい」
「だってよ。それに何も疚しい事がないなら堂々と行けばいいじゃない。ほら、あんまり迷惑かけたら本当に捕まるかもしれないわよ?」
冗談交じりに優奈は彼女を肘で突いた。
「えぇー。でも……。――まぁ、何も悪い事してないし」
「そうよ早く行きなさいって」
「はぁ」
最後に大きく溜息をついた陽南はゆっくり立ち上がると会場中の視線を感じながら知真が指した所へゆっくりと足を進めた。その姿を壇上から見ていた知真は一度部下の方へ顔を向けた後、再び正面に向き直す。
「このような祝いの場に突然押しかけたことを改めてお詫び申し上げます」
その言葉の後にマイク前で彼は再び頭を下げた。
そして顔を上げると綺麗に並び座る卒業生を見渡し、知真はゆっくりと口を開いた。
「皆さんはこれからいち警察官として様々な場所で活動していくことでしょう。そして色々な苦楽を味わうはずです。時には耐えられず膝を着いてしまうこともあるでしょう。ですがその時は何故? 自分が警察官を目指したのか。それとこの場所で、夢の為に努力を積み重ねた日々を思い出して下さい」
入学から卒業までの日々を思い出す時間を与えるように、知真は幾分かの沈黙を挟んだ。
「――警察官とは、市民の安全の為に働いてます。ですが貴方方もまた市民の一人であることを忘れてはいけません。一人前の警察官とは、市民だけでなく自分や仲間の安全も守れる者だと私は思います。危険な現場になればなるほどその心掛けは大切なモノとなってくるでしょう。ですが現実とは残酷なもので時には自分か誰かを選ばなくてはいけない状況もあります。私の経験上それに答えはありません。どちらも正解であり不正解です。ですのでその時は自分の心に従って下さい。――それでは皆さんの活躍と更なる成長を祈念すると共に、いつの日か一緒に働けるのを楽しみにしています」
最後に一歩下がり今までで一番丁寧に深く一礼をした知真は拍手の中、壇上を後にした。
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