第16話
最近の私の一日は、自室の机の引き出しを開けて、ある手紙を取り出すところから始まる。そう、これは宝物。セージュ様から私への手紙。
私は手紙を一日に何度も読み返してしまう。読むと顔が自然と笑顔になり、生きる気力がわいてくる。
ああ! 素晴らしきかな人生!
学園に入学すれば、セージュ様に会えるのは確定!
まぁ、万が一にそなえて、学園で剣を学ぶ手段も考えているけどね! ぐふふ。
それにしても、素晴らしい手紙だわ! 手紙からいい香りがする気がする。セージュ様の香りかしらん。ぐへへ。
「なにをしているのですか、お嬢様」
いつの間にか、あきれた顔をしたカレンが私の横に立っていた。
「カ、カレン! ドアはノックしたのですか!?」
「なんどもノックしましたよ。これで何回目ですか……」
カレンは私が手にしている手紙に視線を落とす。
「またセージュ様からの手紙を読まれていたのですか。よかったですね」
「ふふふっ。そうなの幸せですわ~」
「皮肉が通じないとは」
「カレン、なにか言いましたか?」
「いいえ、お嬢様」
おっとそうだった。
「カレン、この手紙を出しておいて」
「お嬢様が手紙ですか。めずらしい」
ティー先生への手紙だ。
魔導書や文献を読んで気になったことがあって、ティー先生へあることをお願いするためだ。
「そういえば、お嬢様にも手紙がきていましたよ」
「セージュ様からですか!?」
「違います。ルーナ様から屋敷で行う夕食会へのお誘いですね」
「ルーナ様? 知らない方ですわね」
「ルーナ様も、来年、学園に入学するので、同性のご学友と入学前に屋敷で是非お話をしたいと」
ふーん。入学前に交流関係を作っておく感じかしら。
「ただ――」
「どうかしましたの?」
「ルーナ様には、あまりよくない噂があるようでして」
「私だってよくない噂があるのでしょう? で、内容は?」
「ルーナ様は病弱で屋敷からあまり出られない方なのですが、ルーナ様の屋敷へ行ったものも、体調が悪くなるのだとか」
なんじゃそりゃ。ウソくさいですわね~。
「そんなことですか。ただの噂でしょう。」
「ですが、お嬢様にもしもがあるといけませんので」
「カレンは心配性ですわね。では、一緒に行きますか?」
「はい。行きます。お嬢様」
「では、行きましょう」
そうして私は、カレンと一緒にルーナの屋敷へ行くことになったのだった。
――――――――――――――――
私はアーレお嬢様に同行してルーナ様の屋敷に来た。
「まさか、カレンが本当について来るとは思いませんでしたわ」
「お嬢様に、もしものことがあれば大変ですからね」
「大袈裟ですわねぇ」
私はアーレお嬢様の護衛役も兼ねているのだ。ルーナ様の噂の信憑性は低いが、万が一ということがあるかもしれない。
屋敷に着くとお嬢様と私はメイドに夕食会が行われる部屋へ案内された。
メイドの様子を見たが、顔色があまりよくない。
足元も少々ふらついている。屋敷の人間も体調がよくないのか?
「カレン、あまり私の近くから離れないように」
お嬢様が小声で私にささやく。
お嬢様にしてはめずらしい。噂が怖くなったのだろうか?
お嬢様と私が部屋に入ると、一人の女性が椅子に座っていた。
「本日はようこそ。私がルーナです」
黒いロングの髪。黒い瞳。そして白い肌。血管が透けて見えそうな白い肌だ。
病弱というのは本当らしい。あまり外に出られていないのだろう――。
「本日はお招きいただきありがとうございます。アーレですわ。こちらは侍女のカレンです」
「カレンと申します。ルーナ様」
「アーレ様もカレンさんも来ていただいて、本当にありがとうございます。実は、他にも何人かにお声がけしたのですが、残念ながら、皆さん予定が合わなかったようでして――」
他にも招かれたものは、噂が怖くて来なかったか――。
「あら、では私とカレンだけなのですか」
「ええ。アーレ様」
「私のことはアーレでよくてよ」
「では、私のこともルーナと呼んでください」
「それでは、夕食会を始めましょうか」
そこからは他愛のない会話をしながら夕食会が進んだ。
夕食を運んでくるメイドの様子を観察したが、程度の差こそあれ、皆どこか調子が悪そうに見える。噂は本当なのか? しかし、今のところ私にもお嬢様にも、これといった異常はないが……。
「ルーナはいつから体が弱いんですの?」
「いつからでしょう――。もう思い出せないくらい昔からです」
ルーナが寂しそうに話す。
「お医者様はなんと?」
「それが原因がわからなくて……。学園生活も送れるかどうか……」
「ふーん。医者ではわからないんですのね……」
お嬢様が独り言をつぶやいている。
「ルーナは魔法は使えますの?」
「魔法ですか――? いいえ、私はまだ使えません」
「そうなんですの!?」
「アーレは魔法が使えるのですか?」
「まぁ、私も少しですけど」
「それはすごいですね!」
まぁ、誰もが魔法を使えるわけではない。
剣も魔法も使える「うちのお嬢様」が少々非常識なだけだ。
「謙遜? それとも隠しているとか……」
お嬢様がぶつぶつ独り言をつぶやいている。
「アーレは剣がお強いんだとか」
「いいえ、嗜む程度ですわ」
「ご謙遜を。剣狂い、剣鬼のアーレなどと、風の噂を聞いてますよ」
「ふーん。そうなんですの」
「学園への特待生の話もあったとか」
その話題はお嬢様の地雷! すばやくお嬢様の顔色をうかがう。
「残念ながら特待生にはなれませんでしたわ」
お嬢様は気にしていないようだ。ほっと胸をなでおろす。
「そうなんですか? 残念でしたね」
「挑発ではない……。なぜ仕掛けてこない――」
さっきからお嬢様がわけのわからないことをぶつぶつ独り言をつぶやいている。
「ルーナは学園では魔法を学ぶのがよくてよ」
「魔法ですか?」
「才能がありますわよ」
「私に才能なんて……。体もこんなですし――」
「うーん。カレンは魔法が使えますか?」
「私ですか!? まぁ、少々使えますが……」
お嬢様は何を急に聞いて来るのだ。
「カレンから見て、ルーナはどう見えますの?」
「どうと言われましても……。素敵なお嬢様に見えますが――」
ルーナ様も困ったような顔をしている。
「魔法が使えても、みんなが見えているわけではないのですね――」
「お嬢様はさっきから、なにをぶつぶつ言っているんですか!?」
私は小声でお嬢様を問いただす。
「やはり回りくどい方法は、私には向いていませんわね――」
アーレお嬢様が立ち上がってルーナ様に向かって言う。
「ルーナ。あなたが出しているその魔力、抑えてくださらない?」
――――――――――――――――
ルーナがポカンとした顔で私を見ている。
まさか本当に無自覚にやっていたとは――。
ルーナはずっと体内の魔力を大量に放出している。ルーナの体の中を流れる魔力を見ると、その流れは荒れ狂っていた。これではルーナ自身も周囲の人間も体調が悪くなるはずだ――。
私はルーナが放出する魔力が当たらないよう、自分とカレンの周りに無属性の魔法の壁を作って防御している。
「アーレ? なにを言って――」
「お嬢様!? なにを言っているんですか!?」
「カレン。では、いまからあなたの周りの防御を解くので、体調が悪くなったらすぐに言いなさいね」
「なにを――。うっ」
防御を解いた途端にカレンは顔色が悪くなり、口を押えた。
私はすぐにカレンの周囲へ防御魔法を作る。
「カレン。わかりましたか?」
カレンはこちらを見てうなずいた。理解してもらえたようだ。
「アーレもカレンさんも、私をからかっているんですか?」
ルーナが悲しそうな顔でこちらを見ている。
「ルーナ――。これまで、誰も気づいてあげられなかったのね……。大丈夫ですわ、ルーナ。怖がらないで――」
私はルーナに近づいていく。
「なにを言って――」
「大丈夫ですわ」
私はルーナを抱きしめる。
なるほど、このあたりの魔力の流れがおかしいのか――。
「破ッ」
私はルーナの体に魔力を流し、魔力の流れを正常化させる。
抱きしめていたルーナを離して、体の中の魔力の流れを見る。
どうやら上手くいったらしい。
ルーナの体から放出されていた魔力も止まっている。
「どうですの? ルーナ、ちょっとは体が楽になりまして?」
「え? あ、はい。あの?」
「魔力を感じますか?」
「あの、なんとなく――」
「よかったですわね。これできっと元気になりますわ。カレン、帰りますわよ」
「は、はい。お嬢様」
「え? あの、ちょっと――」
「夕食会、楽しかったですわ! 疲れたでしょう? ルーナ、また何かあったら連絡くださいな」
そう言って、放心しているルーナに別れを言って、私とカレンは屋敷に帰っていった。
――――――――――――――――
こんなに気持ちのいい朝は、いつぶりだろうか。
いつもは鉛のように重かった体が、羽のように軽い。
昨日の夕食会でアーレに抱きしめられてから、世界の色が変わったようだ。
私は医者にはもう見捨てられていた。
私のこれまでの人生は常に靄のかかったようなもので、これから人生も霧に閉ざされたものだと思っていた。
だから、最後に学園生活で、ひとつでも思い出が欲しい。そう思っていた――。
けれども、いまではこれからの人生の閉ざされた霧が晴れたように感じる。
未来に希望を抱ける――。
「ああ、アーレ。ありがとう――」
嬉しくて涙が出たのは、いつ以来だろうか――。
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