第15話
「カレン、例の件ですが、その後どうですか?」
例の件とは、学園へ剣の分野での特待生推薦についてだ。
「かなりの数の方が賛同して、学園へ推薦状を出していただけました。あとは学園からの返事を待つだけです。お嬢様」
「それはよかったですわ」
ちなみに、ツバキ先生にはやんわりと断られたそうだ。
なんでも、拙者の名前を出すとお嬢様の足手まといになるだろうとのこと。
まぁ、ツバキ先生の推薦状がなくても、そんなに大きな問題ではないだろう。
「返事が待ち遠しいですわね」
「ですが、よろしかったのですか? 少々強引にことを進めたので、あまりよくない噂が出るかもしれませんが――」
「仕方ありません。学園で剣が学べなければ意味がありませんからね」
セージュ様と会う機会がない学園生活?
そんなものになんの意味があるというのか。
「セージュ様ですか――? そういえば、セージュ様は今年から、学園へ剣の特別教師として招かれたそうですよ。よほど強いのでしょうね」
「ふふふっ。すごいでしょう?」
「なぜお嬢様が得意げなのですか……」
ある日の午後、私は屋敷の庭に置かれたテーブルで、あたたかな陽ざしが降り注ぐなか、優雅にカレンの淹れた紅茶を飲んでいた。
早く学園に入学してセージュ様にお会いしたいですわね――。
私が薔薇色の学園生活に思いをはせながら紅茶を楽しんでいると、カレンが近づいてきた。
「お嬢様。学園からの返事が届きました」
「そうですの! それで返事の内容は?」
まぁ、聞くまでもないけどね!
「それが……、特待生としては認められないが入学は歓迎するとのことです」
え?
「カレン? よく聞こえませんでした。もう一度言って――」
「お嬢柾、残念ですが――」
「そうですわ! 学園側で何か手違いや勘違いがあったのではないですか!?」
情けないくらい、声が震えている。
「カレン! もう一度です! もう一度よく確認して!」
私はいつの間にか立ち上がって、カレンの肩を揺さぶっていた。
「お嬢様、どうか冷静に――」
「10年ですわよ……、10年努力してこんな――」
セージュ様に会えない――?
「お嬢様――」
カレンが優しく抱きしめてくれる。
どれくらいその状態でいただろうか。
「ありがとう。カレン。落ち着きましたわ」
カレンは心配そうな目でこちらを見ている。
「冷静になるために、少し屋敷の試合場にこもって稽古をします。私がいいと言うまで開けないように」
「……はい。お嬢様」
稽古着に着替えた私は屋敷の試合場に入って扉を閉める。
木刀を手にする。
「かああああああ!」
到底、冷静になどなれない。
このままセージュ様に会えないで終わるの?
私は自分の中であふれて暴れている感情をすべて吐き出そうと木刀を振る。
この感情は悲しみ?
「かああああああ!」
木刀を振る。
悔しさ?
「かああああああ!」
木刀を振る。
怒り?
「かああああああ!」
木刀を振る。
行き場のない感情を吐き出すように木刀を振る。
もう何回木刀を振ったのか、どれくらい時間がたったのかわからない。
体には泥のように疲労がたまり、全身の筋肉が悲鳴を上げている。
実際に何度も倒れた。
だが、倒れて動いていないと、また体の中から感情があふれそうになる。
悲しみ? 悔しさ? 怒り?
それらが混ざったものが、私のなかで暴風雨のように吹き荒れている。
私の中で暴れているこの感情は、どれだけ吐き出しても、次々にあふれてくる。
苦しい。
この心の苦しさは、肉体の苦しさの比ではない。
だから、立ち上がって木刀を振る。
「かああああああ!」
アーレは心が壊れないように、木刀を振り続けた。
その姿は悲壮であり鬼気迫るものがあった――。
――――――――――――――――
お嬢様が屋敷の試合場にこもると言ってから、夜が明けて、もう昼に近い。
その間、試合場の扉越しにお嬢様の叫び声がずっと聞こえてきた。
カレンは何度か扉を叩いたが、アーレには聞こえていないのか、無視しているのか……。
このままではまずい。だが、どうやって止めれば……。
カレンがそう考えているとき、1通の手紙が届いた。
「お嬢様、開けてもよろしいですか? お嬢様!?」
カレンは扉を叩いているが、中からは返事がない。
「失礼します。お嬢様」
カレンはそう言って扉を開いた。
カレンは絶句した。
アーレは立つのもやっとという状態で、ふらつきながら木刀を振っていた。
カレンが入ってきたことにも気づいていないようだ。
一晩中、木刀を振っていたの!?
「お嬢様! お嬢様!」
ゆっくりとアーレが振り返る
「カレン――。私は、まだ、扉を、開けて、いいとは、言ってません、よ――」
アーレの声は途切れ途切れだ。
「お嬢様お休みください!」
「まだ、です。まだ――」
アーレが胸を押さえながらつぶやく。
「まだ、苦しい――」
「アーレお嬢様宛に、セージュ様からお手紙がきています」
「セージュ様、が? 内容は――?」
「アーレお嬢様が学園に入学したら、是非お会いしたいと」
セージュ様が私に会ってくれる――。
「そう、ですか――。それは、よかった――」
ああ、もう苦しくない。アーレは意識を失う間際そう思った。
――――――――――――――――
セージュは学園内の自室から窓の外を見ていた。
以前、ツバキにはアーレに会うな、と言われた。
だが、手紙を出すのは問題あるまい。
アーレは来年、この学園に入学してくる。
「来年が待ち遠しいな――」
セージュの口元には無意識に微笑みが浮かんでいた――。
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