第13話

 一人の男が歩いている。ツバキだ。

 ツバキはセージュの屋敷に向かって、考え事をしながら帰っているところだった。


 困りましたねぇ。

 教え子が強くて悩むというのは、贅沢な悩み、なのでしょうけどねぇ。


 ツバキでもアーレがあれほど強くなっているとは想像していなかったらしい。

 

 拙者も調子に乗って、久しぶりに本気を出したりして、いけませんねぇ。まさか、アーレお嬢様に、本気の一撃目を避けられ、二撃目を受けられるとは――。


 無自覚に、ツバキの口元にうっすらと微笑みが浮かぶ。


 しかも、今回は剣技のみの試合であった。アーレが得意とする剣技と魔法を組み合わせた我流を使った、なんでもありでの試合はしていない。去り際にアーレへ、なんでもありで使用する技は増えていないか質問をしたが――。


 アーレお嬢様のあの答え方の様子では、きっと拙者に見せていない技が増えているんでしょうねぇ。

 

 アーレの嘘はツバキにはバレバレであった。

 

 そんなことを考えていると、ツバキはセージュの屋敷に着いたのだった。

 

「セージュ殿、ただいま帰りましたよ」

「思ったより早かったな」

「アーレお嬢様が、セージュ様にお会いしたい。と言っていましたよ」

「そうか――。私も会ってみたいと思っていた」

「しかし、まだ会わせるわけにはいきませんねぇ」

「なぜだ?」

「セージュ殿はまだ弱いですからねぇ――」

「なに?」

 セージュの目つきが鋭くなる。

「ちょっと見せますよ。よく見てくださいね」

 ツバキの手には、いつのまにか木刀が握られていた。

「なにを――」


「かああああああ!」


 ツバキが叫び、木刀を本気で振った。

 かつて、「剣で世界一」と呼ばれた男の本気。

 とてつもない一撃だ。


 セージュが圧倒されていると、ツバキがそろりと問いかける


「セージュ殿は、これを受けられますか?」


 これを!?

 この一撃を受けられるか!?

 いまの自分に受けられるかだと?


 セージュには、ツバキが放った一撃を受け止めている自分が想像できなかった。


 最初に会った時、ツバキには「うぬぼれがひどい」と言われた。

 しかし、この一撃を見せられては、いまはあの言葉に説得力がある。

 ここまで強い人がいたとは――。

 半ば強制的に、ツバキの弟子になり、短期間で以前よりも強くなった。

 しかし、まだ強さにこれほどの差があるのか!?

 

 セージュはツバキの問いかけに答えられないでいた。無意識に強く下唇を嚙みしめていた。セージュの口元からあごへ一筋の血が流れ落ちる。

 その様子を見たツバキが口を開いた。

「アーレお嬢様に会う前に、セージュ殿には強くなっていただきますよ」

「お前……師匠くらい強くなれということか」


「いいえ。セージュ殿には、拙者よりも強くなっていただきます」

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