第12話

 愛しのセージュ様が屋敷に来たと思ったら、昔の家庭教師のツバキが来た。

 アーレは混乱している。


「ツバキ先生、なぜここに? セ、セージュ様は!?」

 私は何度も周囲を見回す。

「実は、拙者はいまセージュ殿の屋敷にやっかいになっていまして。今日は大変残念ながらセージュ殿がこちらに来ることが出来ないとのことで、代わりにやって来たのですよ」

「そうでしたの。え? ツバキ先生はセージュ様の屋敷に住んでいるんですの!?」

「はい」


 こいつ、なにしてるの!?

 セージュ様の屋敷に住んでるとか、うらやましいんですけど!?


「はぁ、もういいですわ。では、今日はツバキ先生が稽古を?」

「はい。お嬢様」

「屋敷の試合場と庭とどちらがよいですか?」

「庭のほうで」


 私はツバキと一緒に庭へ移動した。

 お互いに木刀を持って対峙している。


「お嬢様、まずは剣技のみですよ」

「わかりましたわ。いつから始めますの?」

「もう始まっていますよ」

「ふふふっ。この感じ、久しぶりですわねぇ」


 一瞬の間があって、両者が動いたのは同時。

 木刀同士が斬り結ぶ音が聞こえる。 

 その音は徐々に速くなっていく。

 アーレの木刀がさらに速くなる。

 それに合わせてツバキの木刀も速くなる。

 

 以前ならば、このあたりが私の限界といったところかしら。

 

 でも、私はツバキ先生と別れてからも稽古を続けていた。

 その稽古の分だけ、強くなっている。

 何千回、何万回と刀を振った。

 刀を振った分だけ、強くなった分だけ、セージュ様に近づける。

 その思いで稽古を続けたのだ。


 私は、こんなところで、立ち止まってはいられないのよ!


 アーレの木刀がツバキの木刀よりも速くなる。

 それは、ほんとうに小さな差だ。

 一瞬の何百、何千分の一の差だ。

 そして。ツバキも木刀の速度を上げていく。

 だが、その小さな差が縮まらない。

 

 そして、永遠にも思えるその一瞬。

 

「そこ!」


 アーレの木刀がツバキをとらえた。

 

――――――――――――――――


 アーレの成長ぶりにツバキは驚いていた。

 木刀の速度をアーレより速くしていくが、その速度をアーレが上回ってくる。


 これほどとは――。


 拙者が代わりに来てよかった。

 セージュ殿がアーレお嬢様の相手をするにはまだ早い。

 

 この速さについていけるものが、どれほどいるか。

 この速さ、強さは、アーレの才能か。

 才能、それもあるだろう。

 だが、アーレの木刀が、言葉よりも雄弁に語っていた。

 アーレがどれほどの稽古をしたか。

 アーレのどれほどの思いがこの一振りを可能にしたか。

 ツバキにはひしひしと伝わってくる。

 

 いつぶりだろうか。体の奥底から湧き上がってくるものがある。

 これほどの相手と試合をする歓喜。

 

 永遠に続けていたい。

 もっとお互いの技量を高め合いたい。

 もっと。もっと。

 

 まだ、アーレのほうがわずかに速い。

 このままでは、拙者は負けるだろう。

 だが、拙者が本気を出せば――。

 しかし、その本気をアーレは受け止められるか?

 

 永遠にも思えるその一瞬。

 

「そこ!」


 アーレの木刀がツバキをとらえた。


――――――――――――――――


 アーレがツバキをとらえたと思った一撃がはじかれた。

 次の瞬間、ツバキが叫び、木刀がこちらに襲いかかってくる。


「かああああああ!」


 恐ろしく速い! これまで見たことがない速さ。

 おそらくこれが本気。

 なるほど、誰も稽古で本気を出さないわけだ。

 こんなものを体に受ければ死んでしまう。

 

 だが、ここを超えれば! 私はセージュ様に一歩近づける!

 死んでも近づく!


 ツバキの動きは、もはや目では見えない。だが、どう動くかはわかる。

 ゆえに一撃目は避けることができる。

 問題は次の攻撃。

 そこに私の全力をぶつける。

 これまでの剣の稽古のすべてを。

 私のこれまでの人生すべてをのせた一撃を。


 ここだ!


 大気が震えるような一撃がぶつかり合った。

 私はツバキ先生と鍔迫り合いの形で止まっている。


「そこまで――」

 ツバキ先生がつぶやき、私たちは距離を取る。


「アーレお嬢様、以前よりも動きが良くなっていますね。それに拙者の本気の一撃を避けた――」

「稽古をしていますから動きはよくなりますわ。あとは目隠しで稽古をしたおかげで、いろいろと目よりも見えるようになりましたの」

「ほう。いろいろとは?」

「魔力ですわ」

「魔力!?」

「魔力は万物に宿っていますわ。だから、周囲の魔力の流れを常に感じることでツバキ先生の動きが以前よりも見えますのよ」


 おかげで私は今ではセンサーのように360度、周囲のものの動きがわかる。


「なるほど。それはまたやっかいな」

「剣技のみでは反則になりますの?」

「いえいえ。そんなことは言いませんよ」

「どうします? なんでもありで続きをやりますか?」

「いえ。やめておきましょう」

「よかったですわ。私、もう疲れてくたくたですわ」

「では、拙者はこれにて」


 ツバキ先生は背中を向けて歩き出した。が、数歩あるいたところでふと立ち止まり、こう言った。


「アーレお嬢様、なんでもありで使用する技は増えてないでしょうね?」

「ええ。大丈夫ですわ――。ツバキ先生、セージュ様にお会いしたいと伝えておいてくださいね」


 なんでもありの隠し技は増えている。これはとっておきだ。まだ見せられない。

 

 ああ! でも、ようやく私にも大人の本気を見せてもらえた。

 まずは、ツバキ先生のあの本気を超えられるくらいにならなければ。

 そうすれば、愛しのセージュ様に一歩近づけるのだから!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る