第11話

「――様、お嬢様、大丈夫ですか?」

「え? なにか言った? カレン」

「はぁ……。お嬢様、最近、様子がおかしいですよ」

「普通です。それよりも――」

「はいはい。セージュ様ですね。まだ返事はありません」

「そうですか――。知らせがきたら――」

「はい。すぐにお嬢様にお知らせします」

 そういってカレンは部屋から出ていった。


 セージュ様が屋敷に来てくれるかもしれない。


 最近はそのことで、私の頭の中はいっぱいだ。

 学園入学前にセージュ様に会うことなど、まったく想像していなかった。

 剣の大会あとのパーティでシーザーと会話した流れでこんなことになってしまった。

 あのときは、セージュ様に会いたい気持ちが先走って、シーザーにお願いしてしまった。

 でも、冷静になってみると、落ち着かなくなってきた。


 セージュ様には、会いたい。


 でも、剣の稽古でセージュ様をがっかりさせてしまったら?

 セージュ様に剣など習う変なお嬢様だと思われてしまったら?

 セージュ様に嫌われてしまったら?


「それは、ちょっと嫌だな」

 

 もし、剣の稽古でセージュ様をびっくりさせられたら?

 セージュ様に興味を持ってもらえたら?

 セージュ様に好意をよせてもらえたら?

 

 でも、もし、でも、もし。


 頭の中でぐるぐる回る言葉の数々。

 考えても仕方がない。

 どうせ2度目の人生。これまでセージュ様とイチャイチャしたいことを目標に剣の稽古をがんばってきた。


「ま、人生2度目があるなら、3度目があるかもしれないけど――」

 せめて、いまの私にできることは、セージュ様の剣に全力で向かっていくこと、かな。


しばらくして、返事が来た。

セージュ様が屋敷に来ることになった。


「カレン、私の格好は変じゃない?」

「お嬢様、大丈夫ですよ」

「髪は? 顔とか」

「お嬢様、何度も鏡で確認したではないですか」

「そうね。大丈夫よね」


 今日、セージュ様が私への剣の稽古のために屋敷に来る。

 ついに待ち焦がれた瞬間が来るのだ。

 カレンと私は屋敷の玄関前で待っている。

 口の中が乾いていく。

 自分が緊張しているのがわかる。

 私は前をしっかり向けずに、ただ胸の前で祈るように組んだ手を見ていた。


「あ、来ましたよ。お嬢様」

 そんなカレンの言葉のあと、足音が聞こえてくる。

 ついに、ついに来た!

 私は勇気をふりしぼって顔を上げた。


「お久しぶりです。アーレお嬢様」

「は?」


 そこにいたのは、ツバキだった。


――――――――――――――――


 セージュは屋敷でシーザーからの手紙を読んでいた。

「なにを読んでいるのですか?」

「お前には関係ない」

「弟子なのですから、せめてツバキ師匠と呼んで欲しいですねぇ。で、質問の答えは?」

「知人からの手紙だ。剣の稽古をつけに貴族の屋敷へ行ってはくれないか、とな」

「ほうほう。相手は誰ですかな?」

「アーレという名前らしい」

「アーレお嬢様ですか――」

「お嬢様?」

「ええ。お嬢様ですよ」

「女性が剣を?」

「ええ。何か問題が?」

「いや――」


「セージュ殿、その剣の稽古には拙者が行きましょう」


「お前……ツバキ師匠が?」

「アーレお嬢様は知人でしてね。それとも拙者では不足でしょうか?」

「それは嫌味か?」

「いえいえ、確認ですよ」

「……私よりも強いのだから問題ないだろう」

「よろしい。では、行ってきますよ。ああ、師匠が留守の間も弟子は鍛錬を怠らないように」

 そういってツバキは屋敷を出ていった。


「アーレお嬢様。アーレか。一度会ってみたいものだ――」

 ひとりになったセージュは無意識につぶやいていた。

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