第9話

 もう何回目、いや何十回目だろうか。アーレお嬢様と屋敷の玄関先で、お嬢様に剣の稽古を教えに来たお客様のお帰りを見送る。


「また子供あつかいされただけで終わっちゃいましたわ」

「子供あつかい、ですか?」

「そうよ。みんな手加減ばかりして。カレン、なにが悪いと思う?」

「アーレお嬢様が強いという可能性は?」

「家庭教師のツバキ先生より弱い私が? 強いはずないでしょう?」

「そうですか」


 お嬢様は強い。

 だが、本人がそれを認識していない。

 あのツバキに剣を教えられたのだ。弱いわけがない。

 それに、この屋敷に呼んだ数多の剣の使い手たちが、誰もお嬢様の相手にならなかったのが証拠だ。


 もはやアーレお嬢様の護衛も担っている私より強い。


 お嬢様には世の者たちが、どれほどの強さなのか知っておいてもらわねば。

 もし学園入学後に、剣を使う場面で手加減が出来ずに相手を殺してしまったら大変だ。


「お嬢様。一度、剣の大会を見に行きませんか?」

「そんなものがありますの?」

「ええ。我こそは、という強者が日々競っておりますよ」

「ふーん。それは見てみたいですわね」

「では、早速手配しておきます」


 そんな会話の数日後、剣の大会がある会場の個室になった特別席に、アーレお嬢様と私はいた。

 お嬢様は愛用の黒刀を片手に、特別席の椅子に座って大会の試合を見ている。私はお嬢様の斜め後方に立っている。お嬢様は退屈そうだ。


「カレン」

「なんですか、アーレお嬢様」

「我こそは、という強者が出場すると聞いていましたが?」

「この試合に出場しているのは強者ばかりですよ。お嬢様」

「ほとんどが屋敷に招いた方ではないですか!」


 それはそうだろう。

 屋敷に剣の稽古で招かれた人に、弱いものなどひとりもいなかったのだから。


「せっかく期待していたのに、裏切られた気分ですわ」

「お嬢様はこの大会の試合を見てどう思いますか?」

「大衆の目があるから、大会といえども手加減しているのでしょう。私との稽古の時のように。剣は手の内を知られると、不利になりますものね」


 お嬢様はあくびをし始めた。本当に退屈なようだ。

 この大会の出場者が、みんな手加減しているように見えているらしい。

 お嬢様は目が悪い。


「お嬢様は目が悪いようですね」

「ふふふっ。そうなの。私って目が悪いのよ。知っているでしょう?」

「なにをですか?」

「覚えていない? 目隠しして生活していた時期があるでしょう?」

 

 そういえば、お嬢様が急に目隠しをして生活し始めた時期があった。

 普段の生活は当然として、剣の自主練習のときも。


「ありましたね」

「そのおかげで、目よりも他が良くなってしまいましたわ」

「他とは?」

「秘密ですわ」

 

 大会は決勝戦まで進み、会場は盛上っている。

「スースー」

 お嬢様は眠っていた。眠ってしまうほど退屈だったとは。


「お嬢様、起きて下さい」

「うーん、なんですの?」

「お嬢様、決勝戦ですよ」

「あら、眠ってましたわ」

「お嬢様、しっかりしてください」

「で、誰が優勝したんですの?」


 会場を見ると大会は勝負が決したようで、優勝者が剣を握った手を上げていた。

 見覚えがある顔だ。私が名前を思い出そうとしているとき、お嬢様がつぶやいた。


「あれは、シーザーではないですか」

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