第7話
家庭教師が辞めてしまったので、私は剣と魔法の自主学習を行う日々。後日、家庭教師を辞めたツバキ先生からは黒色の刀が、ティー先生からは魔法について書かれた魔導書が送られてきた。
刀といっても真っ黒な木刀といった感じだ。名前は「黒刀」でいいだろう。添えられた手紙には、「今後はロングソードなどの真剣を相手にすることもあるでしょうから、お祝いに」とのこと。
あれ? たしかセージュ様の使用する剣も刀だったっけ? お揃いじゃん! なんかテンション上がってきた!! さっそく黒刀をブンブンと振り回す私。でも、最近は自主練にも飽きてきたのよね。
そういえば、父にお願いして、他の人たちと試合をすればどうこう言ってたわね。
「カレン、剣の試合をしたいの」
「どなたとですか?」
「父にお願いするだけでいいわ。候補者は家庭教師だったツバキ先生が父に伝えているようです」
「まさか道場破りのようなことをするのではありませんよね」
「まさか! お屋敷の試合場に呼んで、稽古をするだけですわ」
「わかりました。旦那さまにお伝えしておきます」
剣を習い始めてから、父にお願いして屋敷に試合場を造ってもらっていた。さすが私の父。そこにツバキ先生がリストアップした人たちを招待して稽古をつけてもらおう。あ、でも「なんでもあり試合」の場合は秘密にするんだっけ。その時は「口外しません」って誓約書でも書いてもらいましょうか。
「お嬢様はすっかり剣狂いになってしまって。はぁ、将来が心配ですね」
去り際にカレンがなにやら言っていたが、安心しなさい。将来は憧れの人とイチャイチャして幸せな人生を歩むから!ぐへへ。
さっそく試合相手が屋敷に来たので、侍女のカレンとともに屋敷の玄関で迎える。
「本日はよろしくお願いいたします。アーレお嬢様。私の名前はシーザーと申します」
茶色い髪の短髪の騎士が来た。その視線は興味半分、物珍しさ半分といったところか。そういえば剣を習っているお嬢様なんて私以外にはいないのか。
「遠路はるばるようこそ、シーザー様。歓迎いたしますわ。」
「剣の稽古をしたいということですが……」
「はい。屋敷に試合場がありますの。さっそくお願いいたしますわ」
さっそく屋敷の試合場へ案内して稽古をつけてもらおう。
ちなみにこの世界にジャージはない。なので、私は稽古着に着替えてある。
男性が着るような麻でできたシャツとズボンだ。ドレスは足回りが少し動きにくいし、スカートはカレンに断固反対された。あれ? これって男装っぽくてセージュ様とお揃いじゃね? ぐふふ。
私は試合場で木剣を持ったシーザーと対峙する。
シーザーが手にしているのはロングソードを模した木剣だ。
「お嬢様もこちらの木剣を使いますか?」
「いいえ。私は愛用の木刀があるので」
これまたシーザーが珍しそうに私が手にしている木刀を見てくる。やっぱり刀ってマイナーなのかなぁ。
「ところで、お嬢様はこれまで剣はどのように習われたのですか?」
「家庭教師に教えてもらいましたわ」
「では、稽古はどのようにしましょうか?」
「試合形式でお願いしますわ」
「いきなり試合形式ですか?」
「最初は、私の力量に合わせて手加減してくださいね」
「もちろんです」
「頼もしいですわ」
あの胡散臭いツバキ先生にしか習ったことがないから、他の人がどれくらい強いのか知らないのよね~。
「では、お嬢様。始めましょうか。」
そう言ってシーザーは両手で木剣を構える。
「? お嬢様、始めますよ?」
「? ええ、どうぞ。打ち込んできてくださいな」
私は片手に木刀を下げ、シーザーの動きを逃すまいとする。
「では、いざ!」
シーザーが走って間合いをつめてくる! ってなんか遅くない?
私、メチャクチャ手加減されてるじゃん……。
「ハッ!」
シーザーが木剣で斬りこんでくる。これも遅い。木刀で受けなくてもいいな。でも、受けないとどれくらいの力量かわかないか。
「えい」
私はノロノロと腕をあげて木刀でシーザーの木剣を受け流すと、そのまま木刀をシーザーの首へ持っていき、軽く当てる。
ポン。
「お、お見事」
「……ありがとうございます。私の勝ちですわね。次はもっと速く、強くても大丈夫ですわ」
お互いに離れて間合いをとってから試合を続ける。
「では、いざ!」
「お願いいたしますわ」
「ハッ!」
「えい」
ポン
「ハアッ!!」
「えい」
ポン。
「ハアアッ!!」
「えい」
ポン。
「ハアアアアアッ!!」
「えい」
ポン。
「お、お見事です。お嬢様」
どれだけ手加減されてるのよ! 接待プレイか! 親戚の子供とゲームして負けてあげる感覚で試合するんじゃないわよ! こんな風にずっと手加減されて私が喜ぶと思ってるの!? コイツ!?
「もっと本気でよろしいのよ」
内心の怒りをおさえながら、シーザーへ微笑んで言う。うーん、私ってやさしい。
――――――――――――――――
なんだこれは!? シーザーは驚愕していた。
最初は、すこし剣を習っただけのお嬢様に稽古をつけるだけ。そう思っていた。面白半分で来てみれば、結果はとんでもない。
こっちは、もうとっくに本気だ。それを「もっと本気でよろしいのよ?」だって? たまったもんじゃない。勘弁してくれ!
それになぜ剣を構えない?
最初は構えを知らないのかと思ったが、どうやらあの自然体の立ち姿が構えらしい。なぜあの状態から剣を受けて反撃できる!?
私はこれでも正式な騎士だぞ!? それが……こんな……!
お嬢様の剣のお遊びにつきあうどころか、こちらが遊ばれている。
どれほど本気で打ち込んでも、平然とこちらの剣を受け流され、避けられ、気づけば首元に木刀がポンっと当てられている
冗談ではない。こんなことが世間にばれたら、おしまいだ。
――――――――――――――――
夕陽が沈むころ。試合場内では汗をかき、息を切らしたシーザーと、汗ひとつかかず平然とした私が対峙していた。
シーザーは何回「もっと本気でもいい」といっても断固として接待プレイを辞めなかった。あんなにしんどそうな演技までして。お嬢様だから傷つけてはいけないと思っているのかしらん。
「シーザー様、手加減はもうよいのですよ」
「いえいえ、お嬢様。ご冗談を」
やはり手加減しているのだろう。頑固な人だ。
そうだ!
私はカレンを呼んで、紙とペンを持ってきてもらった。紙には、試合内容を他言しないこと。自分や相手が傷ついても了承すること。という内容の文言を書き、下に私のサインを入れる。
「お嬢様、これは」
「これにサインくだされば問題ありませんわ!」
「これにサインすれば、この試合内容は他言しないと」
「ええ」
「本当ですか!?」
「はい。秘密ですわ」
やはり手加減していたんですのね。
シーザーが自分のサインを書く。
「では、改めてよろしくお願いしますわ」
「はい。いきますよ」
そうだ。試合内容を秘密にできるのだから、この試合、なんでもありじゃん。
シーザーに本気を出させるためにも、やりますか。
――――――――――――――――
もう一度、お嬢様と対峙する。
あのような条件の誓約書を書くとは思いもしなかったが、「試合内容を他言しない」というのは助かった。この無様な姿が世間に漏れることはない。あとは、今度こそ一太刀打ち込まねば。
そこでふと、気づいた。
お嬢様がはじめて木刀を持ち上げ、こちらに向けている。
何を?
すると、お嬢様の木刀の切っ先が横に揺れた。
ポン
と、首になにかが当たる感触がする。
「-ち」
そろりとお嬢様が呟くのが聞こえた。だが、よく聞こえない。
また、お嬢様の木刀の切っ先が横に揺れた。
ポン
と、今度は先ほどとは首の反対側になにかが当たる感触がする。
「-ち」
またお嬢様が呟くのが聞こえた。
その後も、お嬢様の木刀の切っ先が揺れるたびに、首になにかが当たる感触がする。そしてお嬢様が呟く。呆然としていたが、ようやくシーザーの頭は、いま何が起こっていて、お嬢様が何を呟いているのかを理解した。
お嬢様は、私の首に木刀を当てているのだ。そして、そのたびに「勝ち」と呟いている。バカな!? あの距離から一歩も動いていないのだぞ!? なぜこんな! なぜ!? もはやシーザーの頭はパニック状態であった。
「シーザー様、本気を出してよいのですよ?」
微笑みながら、いつでもこちらの首をとれる状況で、本気を出せと言ってくる。
悪い夢だ! こんな場所にはもういられない!
――――――――――――――――
「お嬢様、ここまででお願いします」
「え? 終わりですの?」
「はい。申し訳ございませんが、これにて帰らせていただきたく」
「残念ですわね。また機会があればよろしくお願いしますわ」
「はい。それでは」
「あ、試合内容はくれぐれも他言無用にてお願いしますわ」
「もちろんです。お心遣い大変ありがとうございます」
あれからシーザーは逃げるように帰っていった。屋敷の玄関でカレンと一緒にシーザーを見送った。
だが残念だ。反射魔法の斬撃を使用してもシーザーの本気は見せてもらえず、稽古は終始、接待プレイで終わってしまった。
「お嬢様、シーザー様になにかしたのですか?」
「なにも。子供あつかいされただけですわ」
「お嬢様を怖がっているように見えましたが」
「カレンの勘違いでしょう。私のどこが怖いのですか? かわいいでしょう?」
「怖くはないですね」
まあ、次の候補者を父に呼んでもらえばいいでしょう。
たくさんの人と稽古し、私はもっともっと強くならなければ!
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