第2話

 私の好きな攻略不可能キャラ、名前はセージュ様。長身、月光のような銀髪で、切れ長の凛々しい瞳、傷跡が残る端正なお顔。

 セージュ様は剣の達人で、主人公たちがピンチになったときに助けてくれたり、攻略キャラたちの剣の授業・修行パートなんかに登場した。主人公たちへ嫌がらせをする悪役令嬢アーレとは全然、絡まない。


 ちなみにセージュ様が、なぜ攻略不可能なのか。それはセージュ様が「男装の麗人」。つまり女性だからだ。物語ではどのルートでもヒロインとは結ばれない。あれだけ私がハマったキャラが女性だった事実は衝撃だった。だが、そんな中性的な魅力がいい!すごくいい!


 では、そんな彼女とイチャイチャするためにはどうすればいいか。無い知恵を絞って考えた私は「攻略不可能キャラとイチャイチャ計画」を行動にうつす。


「カレン、家庭教師を雇って欲しいの」

「家庭教師ですか?」

「そうよ」


 私はお嬢様。裕福な我が家では、カワイイ娘のために家庭教師をつけることなど簡単だ。


「お嬢様。まだ、具合が悪いのではありませんか?」

「オホン! 私は大丈夫です。カレン、私が家庭教師を雇って欲しいとお願いするのは、そんなに変なことですか?」

「あの勉強嫌いのお嬢様がおっしゃることとは思えませんね」


 ひどい言われようである。しかし、これまでワガママし放題で父に甘え、侍女の言うことなど聞かなったアーレお嬢様ではしかたがない。だが、私は目標のために学ばなければならない!すべてはイチャイチャするために!ぐへへ。


「で、お嬢様。どのような家庭教師をご所望なのですか?」

「基礎学問、魔法、あとは剣です」

「剣……ですか?」


 基礎学問はまぁ必須だろう。あと、アーレは私が知っている物語でもたしか魔法を使えたが一応ね。問題は剣だ。

 この世界では剣は男性がふるうのが一般的だ。ゆえに女性であるアーレは剣を使わない、使えない。剣が使えなければ、剣の達人であるセージュ様との接点が生まれない。それはいけない!イチャイチャできないじゃない。

 だったら、剣を習えばいいじゃない!


「お嬢様が剣を学ぶ必要性はまったくありませんが」

「習いたいのです」

「……ハァ。やはりいつものお嬢様でしたね」

 カレンは「ま~た、お嬢様のワガママが始まったよ」といわんばかりの表情だ。


「カレン、文武両道。これからの時代は女性も勉学、魔法はもとより剣も扱えるべきです」

 将来イチャイチャするためにね!ぐへへ。


「お嬢様、不気味な笑顔はお止めになってください。なぜにやけているのですか?ふざけているのですか?」

「本気です」

 おっと、表情に出てたみたい。気をつけなきゃね。


「……わかりました。では、家庭教師の件、旦那さまにお伝えしておきます」


 父からはすぐに家庭教師を手配する返事が返ってきたのであった。


 私が学ぶべき重要度は、剣>魔法>基礎学問の順番である。父には1週間のうち、剣を3日、魔法を2日、基礎学問を1日、休日を1日のスケジュールでお願いした。もちろん二つ返事でOKだった。家庭教師はお昼ごろに我が家にやってきて午後に授業を行う。午前中は休憩か自主学習を行えばいいだろう。めざせ!剣と魔法を使えるお嬢様!



 そんなこんなで剣の家庭教師がやってきた。なんでも元はなかなか凄いひとらしい。さすが私の父、娘のお願いはなんでも聞いてくれる。だが、カレンは「女性に剣を教えるなんて、よほどの変人か暇人でしょうね」とつぶやいていた。偏見はよくないと思いまーす。


「拙者が本日からアーレお嬢様の家庭教師になるツバキです。よろしくお願いいたします」

 あれー?なんか和風なサムライがきたぞ。剣と魔法のファンタジー世界だから、もっとこう騎士みたいな人が来ると思ったんだけどなあ。


 ツバキの見た目はザ・サムライって感じだ。腰には刀を差し、さすがに頭はちょんまげではないが、長めの黒髪を後ろで結ってある。口元にはやわらかく微笑みが浮かんでいる。一見するとやさしいおじさんといった感じだ。なんといか、全然、凄さというか、威圧感みたいなのを感じない。


 私とツバキは屋敷内の庭に移動し、さっそく剣の授業を始めた。

 二人の手には木刀が握られている。

「よ、よろしくお願いいたしますわ」

「では、まずはこちらの木刀を振りましょう」

「はい。エイ!」

 木刀を両手で持って上から振り下ろす。こんな感じかな?ツバキのほうを見る。

「つづけて振りましょう」

 ツバキは微笑みながら言う。

「はい……エイ!」

「つづけて」


 夕陽が沈みきる前。

「ぜぃ……ぇい……うぇっ」

 そこには息も絶え絶えになった私がいた。うっ吐きそう……。

「いや、さすがお嬢様。お疲れ様でした。本日はこのくらいで」


 このくらいでじゃねーー!! 腕が千切れそうだわ!! ずっと木刀を振ってただけだし、これが週に3日もあるの!? あと11年も!? ウソでしょ!?

 しかも、この家庭教師はなんにも指導しないで「つづけて」って言うだけだし、そんなの誰でもできるんじゃい!!


「では、拙者はこれにて」

 ツバキが帰ろうと後ろを向く。よし、こいつ殴っちゃる!


「――!」

 どこにそんな力が残っていたのか、気配を消して一気に間合いをつめ、渾身の力で私はツバキに向けて思いっきり木刀を振り下ろす。


カッ!!


 ツバキは振り返らずに、いつ抜いたかもわからぬ木刀で私の木刀をはじいていた。なにコイツ!? 背中に目でもついてるの!?

「いやはや、お嬢様は才能があるかもしれまん。強くなれますよ」

 ツバキは楽しそうにそう言って帰っていった。


 私は木刀を杖代りにして屋敷へ帰る。いつからか遠くで見ていたカレンが、こちらへ近づいて来るのが見えた。さすがに見かねたのだろう。

「お嬢様、剣の習い事はお止めになりますか?」

「……つづける」

 ここで投げ出すことは簡単だ。だが!それでは愛しのセージュ様と未来永劫イチャイチャできない!私もセージュ様に斬りかかられたときに颯爽と防いでみたい!そして驚くキーリー様のお顔♡。ぐへへ。

「わかりました。明日は魔法の授業ですよ」


 そ う だ っ た。


 結局、その日の私は木刀の素振りで両手がろくに使えずに、カレンにご飯を食べさせてもらい、お風呂で体を洗ってもらい、ベッドまで運んでもらった。明日は壮絶な筋肉痛が待っているであろう。おやすみなさい。

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