第2話

先月やっと自動改札に変わった改札を抜け、上りホームへ繋がる階段を昇る。

 背中から改札の警報音とバタンっと勢い良く閉まる音。誰かが慣れない自動改札に引っかかるのは、この駅の毎朝恒例の光景だ。

 肩に掛けたカバンの中の弁当が、二段飛ばしで昇るたびにリズミカルに脇腹直撃する。やがて眩しい光を目に受けた。


 やっとホームに着いた。薄暗い階段から日差しが明るいホームに目を慣らすように瞬きを繰り返す。

 2番線から丁度急行が発車するところ。

 ピーィッと車掌が吹く出発の笛の音が耳を鋭く突き抜け、6両編成の電車は徐々にスピードをあげ、ホームを滑り出た。

 風にのり届く焦げたような臭い。その不快さに、自然と鼻を鳴らす。

 1番端の3番線に停まっている赤が眩しい2両編成の電車に、息を整えながら乗り込んだ。


 毎日乗るこの1両目の車両にすでに乗っていたのは、いつも同じような顔ぶれだ。

 まばらに空いた座席に腰掛けていたり。扉付近の手すりに掴まって立っている人もいる。

 あの足を大きく開いて座る、スーツ姿でサラリーマン風のおじさんはいつも中○新聞読んでいる。

 立って手すりを掴むOLさんはいつもプロテイン入りのゼリー飲料が手に掛けた小さなカバンから覗いている。

 朝のルーティンはそうそう変えることはないし、そんなことに気を向ける余裕すらないのがその理由だろうな。


 知り合いでもなく、でも、全く知らない人達でもない。


 いつも定位置にいる人がいないと、休みなのかとか、勝手に想像してしまうくらいの。

 電車通学しなければわからなかった、不思議な距離感だ。


 そんなことを感じながら、足を動かし、いつもの定位置に向かう。

 降りる駅の階段に近いのは真ん中の扉だから、真ん中の扉近くの吊り革に掴まった。

 邪魔にならないようにカバンを降ろしながら、前の座席に気付かれないようにちらりと目を向ける。


 窺うように見た正面には絹のような黒髪が綺麗な女の子。

 濃紺のセーラー服をワンピースにしたような制服にワインレッドのリボンがかわいい。

 それだけでも目を引くのに、いつも白い革で作られたブックカバーをかけた、キャンパスノートくらい大きめな本を読んでいる。

 その本を毎日毎日、わくわくしたような、キラキラした瞳で降りるまで読んでいる。


 表情は平然としているのに。

 瞳の表情の豊かさに気付いてから、彼女が気になりだして仕方がなかった。

 毎朝、沢山の人が乗る車両の中で、ひときわ輝いて見え、遠くにいてもすぐに見つけられる。


 もっとよく近くで見てみたい。この子の色々な表情をみたい。


 こんな気持ちになるのは初めてだから、わからない。


 はっきりとわかるのは、ほんの一瞬でも良いから、僕もその煌めく瞳に映りたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る