振り返るまでもない
釣ール
ナーフ
溜息が友人だった。
やっと高校も専門も卒業して社会人。
二十一になっても浸れる思い出なんてない。
過去を詮索されるのが嫌だから多くは語らない。
空き家を借りて少しだけ縁日風の世界を作ってみた。
たまに子供達がやってきて、少ないスタッフとゲームをやったりもした。
それだけで余計なイベントはない。
サイダーを飲みながら、イベントをやっていると告知はしたが誰にも強制するつもりはなかったし、金欲しさでも偽善目当てでもないので今日は誰も来なかったが何だか久しぶりに笑顔になれそうだ。
どこをいっても自己啓発やら自己実現やら胡散臭いイベントばかりで集客が大変だったが、縁日再現専門をやって二年経つから信頼もある。
さてと。
主人、
「もう秋なのに縁日!参加費百円なら楽しませてもらおうかなあ。」
客がきて吹きかけた。
なんとか品良く飲んで高校生か大学生くらいの青年に縁日の説明をする。
高校を卒業したばかりで十九歳になったばかり。
それ以上は語らなかった。
成人を迎えた男二人で季節外れの縁日を楽しむ。
梳鋳には片手にはサイダー、五六の片手にはコーラがあり、ひたすら飲むだけだった。
「梳鋳さんって、なんか目的や過去とかあるからこういうイベントやってるんですか?」
五六は雰囲気が落ち着いた段階で梳鋳に聞いた。
ゲップを出さないようにして返事をする。
「アニメとゲームくらいなら思い出はある。
俺は学生時代にいい思い出も悪い思い出もない。
ただ、あまり売れなかったアイドル…女性だったがその人が全く話題にならなかったのに逞しく生きて面白い暴露本を読めたから、自分にも何か出来ないか考えただけ。
縁日にも思い出はそんなにない。
悪友がカードゲームやってた時に俺のデッキを盗んだ上、教室でギーク呼ばわりしやがって腹が立って取っ組み合いになって二人して呼び出しくらって…その時に入ったきた光景が縁日だったから次の世代や親世代以降にそういったトラウマがない空間を低予算で作ろうとした。
それがここだ。
取るに足らない虚無に近い過去と理由だ。
ほら、喉乾いたろ?
オレンジジュースとお茶もある。百円でいい。」
五六はとあるドラマの最終回で辛い過去を語って去っていく主人公を思い出しながら少し引いていた。
聞いちゃいけないのかと思ったがその後の気遣いで考えすぎだと気がつき、百円を払ってグビグビと飲む。
五六も中和するように語る。
「俺の場合、インターネットぐらいが楽しみになっていましたがSNSで間違って身バレしかけたり、カースト上位の映えに巻き込まれて顔を晒されたり。
馴染みのある飲食店も喫煙が許されているからか二十歳以下は入店拒否られて。
戻る過去がある人間なんてそんなにいないはずなのに、昔は懐かしいって思っちゃいます。
見た目ではそうは思えないけれど、めっちゃ筋肉質な友人も、俺と話すときは『懐かしい思い出はアニメかゲームくらいで、あとはつまらない。
五六もそうは思わないか?
違うなら謝るが。』
ってこんな会話ばっかですよ。
歳の近い先輩後輩達は別として、上の連中って同じことしか考えてないし動かないから嫌だなあ…すんません。
俺、縁日に暗い話するの好きなんで。」
梳鋳はせっかくきたお客に気を遣わせてしまったと思ったが世代だからしかたない。
むしろお互い語れる程度の暗い過去があって余計な心配は必要なかった。
「縁日だからって明るく振る舞う必要はないさ。
この程度ならサイダーもコーラも美味しく飲める。
水風船やってみるか?
意外と大人でも楽しめるんだ。」
五六はノリノリで水風船の準備をする。
フットワークが軽くて助かった。
「テーマパークだとどうしても二人以上友人とか恋人必要になりますから、ソロでこんだけ楽しませてくださるのならありがたい。
周りもそれなりにライフライン整えて、あとはバイトばっかりで誘えないので。
俺は何にもしてませんけれど。」
「何をする必要があるんだろうな。
俺達に。
一発どころか三発殴らせてほしい奴らに囲まれて金を稼ぐ理由がない。
それにな、無理して居場所や労働しなくて済むように俺は一人でもここを守る。
だから水風船とスイカ割りとウリ割りは全力でやるんだ!」
なんのスイッチが入ったかわからないが二人は縁日を楽しんだ。
確かに自分達はロクな思い出がないのかもしれない。
なんらかの曲やイベントで懐かしいなあと明日以降思うのかも。
逆に言えば懐かしむ思い出が今日できた。
振り返るまでもないけれど、あって損はない。
五六も目が活き活きとしてきたので先輩冥利につきる。
ここをちゃんと守ろうと梳鋳は今日を経験し、強く誓った。
振り返るまでもない 釣ール @pixixy1O
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