結婚しよう―チョコレートパフェー 第八話
思い出の一品は、がっつりした食事でもよかったかもしれない。
思い出の食べ物は他にもまだあったのに。でも愛里はチョコレートパフェを愛していたし。
少し腹が減っていた。近くのラーメン屋でラーメンを食べ、運動のつもりで三駅分くらい歩く。すると、通りすがりのところにチャペルがあった。結婚式をしているようだ。悠一は思わず立ち止まり、近くで見ることにした。無関係だけれど見ている人は何人かいる。
招待客がチャペルの左右に列を作り、中からウェディングドレスを着た新婦と、新郎が出てくる。新郎と新婦は色のついた紙吹雪の中を歩いていた。そうして、ブーケトスが行われる。
新婦は思いっきりブーケを投げて、遠くまで飛んだ。
どれだけ強く投げたんだ……。
ブーケは悠一のところまで届いて、手もとにすとんと落ちる。
「すみません!」
新婦が叫んだ。悠一はゆっくりチャペルに近づくと、近くの若い女性に手渡した。
「僕はもう結婚していますので、どうぞ」
ブーケを渡した人に拍手が起きた。悠一はその場を去る。行先にはまた、ウェディング衣装の並んでいる衣装屋があった。
ウィンドウの外から、マネキンに飾られているドレスを見やる。さすがに中には入れない。
愛里だったら、どんなものを選んだだろうか。
しばらく眺めていると、不審者と思ったのか、中から店員が出てきた。左薬指の結婚指輪を一瞥すると、すぐに顔つきが変わりにこやかになった。
「奥様と挙式のご予定でもあるのですか」
「妻は挙式をしないうちに死んでしまって……」
店員は「すみません」と同情の目を向けてくる。
「妻だったら、どんなドレスを選ぶのだろうと考えていたところです。先ほども、ここより一キロくらいのところでチャペルがあって、結婚式を挙げていた人がいて、外野でしたが見学させていただきました」
「そうだったんですか。心中お察しします」
「すみません。ここでドレスを選べればよかったのですが」
「いえいえ、全然かまいませんよ。見たいだけ見ていってください」
店員は会釈をして店の中へ入っていく。しばらくマネキンに飾られていた真っ白なウェディングドレスを眺めてから、その場を立ち去る。
愛里だったら、きっとどんなものでも似合うだろう。結婚指輪を渡しても、やり場のない気持ちが襲ってくる。黒々とした感情が、支配していく。
ウェディングドレスを着せてやりたかった。自分たちも多くの人に祝福をされて挙式をしたかった。もう、言ってもどうにもならない。
そうだ。今日は愛里と夫婦になった特別な日だ。食事も豪華にして。ケーキでも買って帰ろう。土下座をしていた人はステーキを頼んでいた。
そして八年前、プロポーズをしようとしていた店でもメインディッシュはステーキだった。なら牛肉を買って帰ろう。
洋菓子店でオーソドックスなショートケーキを二個買い、スーパーで牛肉とワインを買って帰路につく。
さすがに牛ステーキは、愛里の分まで作れない。
日は傾いていた。調理にとりかかる。
キャベツを刻み、ポテトサラダを作り、トマトを刻んだ後で牛肉を焼く。
火が通ると、お皿に盛った。テーブルには、自分の席に牛肉の入ったお皿とワイングラス、正面になにも入っていないお皿とワイングラス、そして指輪の入ったケースを並べた。
なにも入っていないお皿とグラスは、愛里がいるような気持ちで並べたのだ。
俺、はたから見るとおかしな奴に見えるだろうか。そんなことを思う。
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