結婚しよう―チョコレートパフェー 第七話

 悠一は立ち上がると、結婚指輪の入ったケースを持った。愛里も涙を拭いた。


「愛里」

「はい」

「結婚しよう!」


指輪を見せて、そう言うと、一斉に注目が集まるのを感じた。それでも悠一の視界に入っているのは愛里だけだった。


「……はい」


小さな声が響く。瞬間、店内から一斉に拍手が沸き起こった。愛里を諭した隣の男女も、先ほど土下座をしていた二人組も拍手をしている。みんな祝福してくれている。


生きた人間と故人の結婚を。それがなんだかとても嬉しく感じられた。


指輪をケースから抜き取ると、愛里の左薬指にはめた。愛里は少しだけ恥ずかしそうに左薬指の指輪を見ている。プラチの結婚指輪だ。


「ありがとう……」

「実はおそろいの結婚指輪、買ってあるんだよね」


鞄からもう一つ指輪ケースを取り出すと、お揃いのプラチナリングを悠一は愛里に渡した。


「僕にはめて」


手の甲を差し出す。


愛里は少し恥ずかしそうに、指輪を悠一の左薬指にはめた。


サイズはお互いぴったりだ。


「僕はずっとこれをはめておくから。婚姻届けは出せなくても、これでもう夫婦だ」


言うと愛里は再び泣き始める。


「それはなに泣き?」

「うれし泣きと、他のごちゃごちゃした複雑な感情が込み上げてきて」

「愛里は一人じゃないよ。それに、愛里がいてくれるから僕も一人じゃない。笑って」


愛里は顔を上げ、涙を流したまま微笑んだ。泣いた愛里も、笑った愛里もとても綺麗だ。


「モニターで悠一のこと、毎日見るようにする」

「今までそんなに見ていなかったんだ」

「あまりプライベートを覗いたら悪いと思ったし」

「ガンガン覗いてよ。もう夫婦なんだから」


見られて困ることも特にしていない。愛里は小さく頷いた。


カフェラももう少なくなった。お代わりをする。


残りの時間は、楽しく、他愛のない思い出話に花を咲かせた。


「そろそろ行かなくちゃ」

「……うん」


悠一は泣きそうになった。もう死ぬまで会えない。それを想うと叫びたくなる。


愛里は目いっぱいの笑顔で言った。


「ありがとう。指輪は持っていけないけれど、パフェの甘さは持っていけるね」


結婚指輪は、愛里が立ち上がると同時にテーブルの上にコトンと落ちた。


天国には持っていけない。悠一は愛里のはめていた結婚指輪をつかむ。温かかった。


そういえば指輪をはめたときも、愛里の手は温かかった。遺体に頬を触れたときは冷たかったのに。


ここにいるときだけは、故人でも温もりを感じられるのだろう。


指輪を指輪ケースに戻した。


愛里は、店の中央へ行き、泣きながら手を振り消える。


声をかけてくれた隣の人は、まだ話をしている。


一声かけて、会計を済ませる。二人分で千円も行かなかった。

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