結婚しよう―チョコレートパフェー 第六話
「そうよ。好きよ……八年経った今も大好き」
「とどのつまり、愛里は死んでしまって傍にはいられないから、僕に新しい家族を作れって言っているんだよね」
「うん」
「やっぱりそんなことはできないな」
悠一はきっぱりと言った。
「愛里のことを想いながら結婚なんてできないし。そんなことしたら、新しく奥さんになる人にも失礼だ。それに、愛里が死後八年経っても僕のことが好きなら、やっぱりそれを受け入れたいと思う。もし君が生きていて一緒になることがあったらなんだってしたと思う。なんならイエスマンになっていたかもしれない」
愛里は苦笑した。
「イエスマンって。私はおとぎ話の国の王女様じゃないわよ」
「俺にとっては王女様だ。そして俺はその従者」
「王子様じゃなくて?」
愛里は少し笑う。
「うん。従者のほうがいつも傍にいられる」
愛里は黙り、そうして言った。
「あなたのプロポーズを受けても、二人でいられないならどうしようもないでしょう」
「モニターでいつも僕のことを見てくれればそれでいいよ」
「なんかそれもストーカーみたい」
「たまにだっていいんだ」
「たまになら、まあ……でも天国では結婚は禁止されているの」
「それって生きている人間がプロポーズしてもだめなの?」
「それはいいと思う。ただあなたの死後一緒になれるかというとわからない」
「僕の気持ちはどうしたら受け取ってもらえるのかな……僕はあの時できなかったことをやりたいんだ。一緒に暮らすことは無理でも、君が死んでいても、遠く離れていても、それでも気持ちは繋がっているっていうなにかが欲しい」
「指輪はもらっても、天国には持っていけない……」
「お嬢さん」
突如、隣のテーブル席から声がかかった。五十代くらいの見知らぬ男性と女性が二人いる。
声をかけたのは女性だ。ただどちらが死んでいるのかわからない
愛里は女性に目をやった。
「先ほどから、プロポーズを受ける受けないで悩んでいるようね」
「ええ。そうですけど……」
隣のテーブル席には丸聞こえだったのだ。
「あなたは素晴らしい男性と出会ったと思う。あなたのことを想い続けてくれる相手なんて、多分この人しかいないわよ」
愛里は動揺しているのか、目を泳がせている。
「会えなくなっても、頑なにならずに、この人のプロポーズを受けてみたら」
「でも彼の人生は……」
「一生独身でも、あなたのことを想って生きていられるなら幸せでしょう」
女性は悠一のほうを見る。悠一は強く頷いた。
「想いが通じ合っているならプロポーズ、素直に受けなさい。あなたもそれがとても心残りなんじゃないかしら」
「確かに八年前にプロポーズの言葉を聞けなかったのは心残りです」
「天国にいて心残りがあるとね、転生がうまくいかないという話だよ。生まれ変わった先でも、禍根が残り、似たようなことになってしまうって聞いたことがあるわ」
女性は優しく諭す。
悠一は言った。
「転生なんてあるんだ。なら、何十年後かに僕が死んで転生したら、きっとまた君を見つけて僕はプロポーズするよ。神様か、誰かに頼み込んで、同じ場所に同じくらいの時期で転生させてもらおう。そうして、来世は今度こそ生きて一緒になろう」
愛里は瞳を潤ませていた。
「お嬢さんは死んでもなお、幸せ者だね」
肩を震わせ泣き始める。
「でも、あと五十年も六十年も悠一が一人では……」
「僕はそんなこと気にしない」
愛里は涙を拭き真っすぐに悠一を見つめた。
「約束して。好きな人ができたら、その人と結婚するっていうことも視野に入れると。もちろん、生きている人限定で」
「そんな二股みたいなこと……」
「それを約束してくれなきゃ私は受けない」
「お嬢さんも頑固だね」
女性は悠一を見て言った。悠一は肩をすくめる。
多分愛里は悠一の、現実世界での幸せを心から願ってくれているのだろう。
「じゃあ約束したら、受けてくれるんだね」
愛里は静かに頷いた。
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