結婚しよう―チョコレートパフェー 第四話
「愛里のせいじゃないし。でも、嫌な予感しかしていなかった」
愛里は約束を破るような子じゃないし、遅れるなら連絡をくれるはずだ。
それがなかったということは事件か事故に巻き込まれた。百パーセントそう推測して、不安になった。そうしてその不安は予想どおり当たってしまった。
「ねえ、今日はなんで私を呼んでくれたの。家に黒い服を着た男性が訪ねてきて、上原悠一さんが会いたがっているから来てくださいって招待状を渡されたから来たけど」
「ずっと会いたかったから。それだけ。会っちゃいけなかった?」
「そんなことはないけど」
「それに、言いたいこともあるんだ」
悠一は鞄から百貨店の宝石売り場で買った結婚指輪のケースを取り出し、愛里に見せた。
「これって」
愛里は困ったような、戸惑ったような表情をしている。
「本当は八年前の十二月、あのレストランでこうするつもりだったんだ。僕と結婚してください」
悠一は頭を下げた。愛里はしばらく無言でいた。そうして言った。
「受け取れない。八年前なら、喜んで受け取れたけど」
「どうして」
「悠一は、ずっと私にとらわれているでしょう。悠一は悠一の生きている世界でちゃんと地に足をつけてしっかり生きなきゃ。私は悠一の隣にはいられない。それにね」
愛里はパフェを食べ終え、フォークを置いた。
「私、天国で好きな人がいるの。だからもう、私に構わないで。私は今日、それを伝えにきたつもり」
言われても、悠一に動揺は全くなかった。
「嘘だねそれは」
愛里は顔を上げた。愛里の嘘ならすぐに見抜ける。
「愛里はなんでそんな下手な嘘をつくの。愛里に好きな人なんていないよ。目がそう語っている。今愛里に思い描いている人なんていない」
ため息をつく息遣いが聞こえてきた。
「なんですぐそう見抜けるのよ」
「愛里のことはなんでもわかる。言葉じゃなくて目で全てわかる」
透き通った目は、この瞬間悠一のことを考えている、という自負があった。
チョコレートパフェは容器の最後までチョコレートクリームが入っている。
「もう八年経つのよ?」
悠一もスプーンを置いた。あっという間に食べ終えてしまった。
「八年経ったからなに?」
「悠一はちゃんと私とは違う好きな人を見つけて、幸せにならないと」
「僕が幸せじゃないとでも。そう見える?」
愛里はじっくりと悠一の顔を見つめる。
「わからない……あなたが私のことをすべて見通せても、私はあなたのことをすべて見通せない。結局その程度のものよ。悠一への気持ちなんて」
東郷がやってきた。
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