結婚しよう―チョコレートパフェー 第三話
愛里の死に顔を見た。
十二階から落ちて棺の中の彼女は顔にも大きな傷があった。
死んだ彼女の顔はまるで眠っているようで、今にも起きだして悠一の名前を呼ぶのではないかと思ったくらいだ。でも、今は顔の傷も綺麗になくなっている。
「相変わらず、綺麗だ」
「やだ、もう。さっきからなに。会ったばかりで何言っているの」
恥ずかしそうに両手で顔を隠す。
「ああ、隠さないで。顔をもっとよく見せて」
言うと愛里はますます恥ずかしがる。
東郷がやってきた。
「お待たせいたしました。ご注文のチョコレートパフェです」
チョコレートパフェを悠一と愛里の目の前に置き、スプーンとフォークを並べる。
「それからドリンクはいかがなさいますか。上原さんが選んでください」
東郷はドリンクの書かれたメニューを悠一に見せる。たくさん書かれていて悩みに悩む。
パフェは冷たいから温かいもののほうがいいだろう。
「では、カフェラテをお願いいたします」
「かしこまりました」
東郷は去っていく。
周囲を見渡した。店内はわりと混んでいるが、おおかたの人は笑顔で食事をしている。
愛里はいつの間にか顔を隠すのをやめて、目の前のパフェを幸せそうに見つめていた。
「愛里、パフェ好きだったもんな」
「うん。大好き」
食事へ行くと、いつも食後に必ずチョコレートパフェを頼んでいた。パフェのない店に行くとがっかりしたような顔をしていたので、悠一は必ずチョコレートパフェのある店を事前に検索して店を選んでいたものだ。
目の前のパフェは、何層もの構造で成り立っていた。上段にはチョコレートソースのかけられたアイスクリームが二つに生クリームとバナナが器に沿うような形で並んでいる。
愛里は嬉しそうにフォークを持つとバナナに生クリームをつけて食べた。
「美味しい。幸せの味だわ」
満面の笑顔になる。悠一も食べてみることにした。生クリームは上品な甘さだ。
「本当に、美味しいな」
食材は高いものを使っていそうだ。バナナも新鮮だった。
でも人生はこのチョコレートパフェのように甘くはないし、美味くもない。何層も積み重ねていかなければならいものもある。
隣にいてほしい人は今目の前にいるけれど、悠一の日常生活の中にはどこにもいない。
「悠一は今、どうしているの」
「ん。働いて帰るだけの日々」
「それじゃ、つまらないでしょう」
「まあね。そういう愛里は。天国で何をしているの」
「趣味で刺繡作りに励んでいるかな。何人かの女性と集まって楽しくやってる」
「部活みたいなことしているな」
「特にすることもなくて」
しばらく天国についての話を聞いた。基本的に暇なのだそうだ。
生活は衣食住と金銭が保証されているらしい。食については味が全くしないから、そこが残念だという。ご近所トラブルのようなものはめったに起きないようだ。
「いいところなんだね」
「うん、快適すぎてなんだか罪悪感すらわくよ」
「一生懸命生きた結果が天国なんだろうな」
「そうだと思う。私なんかよりも千倍苦労して生きてきた人も多いみたいだし」
チョコレートソースのかかったバニラアイスもジェラードみたいになっていて旨い。
甘いものはそこまで好きではなく、愛里がレストランでパフェを食べているときはいつもコーヒーをブラックで飲んでいたけれど、ここのパフェはすんなりと胃に入る。
暑さで熱を持った体も、アイスにより引いていく。
「最後に会ったのっていつだったっけ」
愛里が訊ねる。
「八年前の十一月。街はクリスマスの景色で彩られていたかな」
「次に会う約束をしていたのがクリスマスの少し前よね」
「そうそう」
「ごめんね。待ち合わせの日に死んじゃって。レストランで待ったでしょう」
「うん。なかなか来ないから心配になっていたんだ。結局頼んでいたコース料理も食べられずにキャンセルした。僕だけ食べるのも忍びなくて。コーヒーだけ飲んで帰ったよ。キャンセル料は百パーセントとられた」
「わあ、それはキツイ。ごめんね、本当に」
愛里は両手を合わせる。
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