結婚しよう―チョコレートパフェー 第二話
「ここでいいのかな」
ビルとビルの間に挟まれた背の低い建物。中の様子は扉に閉ざされて伺えない。窓も曇りガラスだ。思い切って扉を開く。すると、スーツ姿で土下座をしている人が目の前にいた。
慌てて扉を閉じる。
なんだ、今の……。
場所、間違えただろうか。でもちらっと見た限りでは確かに食堂らしかった。土下座している人のテーブルには、ステーキらしきものが置かれていたし。
少し緊張してきた。土下座をしている人の横を堂々と通りすぎる自信がない。
この店に入っていける自信がない。
扉の前で立ち尽くしていると、コック帽に白い服を着た、店主らしき人が顔を出した。
「すみません、せっかく来ていただいたのに一組のお客様が今お取り込み中でして」
「なにかあったのですか」
「まあ、心にずっと引っかかっていることがあって謝罪をされているようです」
人生いろいろあるし、色々な人がいる。
「お名前と招待状、よろしいですか。私は東郷と申します」
落ち着いた声でそう言った。鞄から招待状を取り出し見せる。
「上原悠一様ですね。お待ちしておりました」
東郷は一度店の中を確認する。数分待った後、言った。
「もう大丈夫そうです」
「はい」
店内に入る。土下座していた男性は席についたようだ。
そのまま通り過ぎて、出入り口から見て左奥に案内された。
「ここでお待ちください」
「はい」
東郷がグラスに入った水を持ってきたころ、店の中央のなにもないところから、見知った顔が現れた。驚き、よりも泣きそうになる。
「悠一」
その声は紛れもなく愛里の声だった。愛里が見える。見える。見える。愛里は正面に座った。くりっとした目にストレートの長い髪。最後に見た、二十五歳の愛里のままだ。
半袖の、ブルーのワンピースを着ている。
「そんなにじろじろ見ないでよ、恥ずかしい」
「だって本当に会えるなんて……」
信じてはいたが、こうして目の前で見ると感慨深いものが込み上げてきた。
「ね。会えて嬉しい。もう八年ぶり?」
「そうだよ。僕、三十三歳になっちゃった」
愛里が生きていれば、もう結婚して子供だっていたのかもしれない。それができなかったもどかしさが、悠一の心を支配する。
「私は二十五のままだけどね」
愛里はいたずらっぽく笑って肩をすくめた。ああ、仕草の一つ一つがすべて愛おしい。
「死ぬと年を取らないんだな」
「みたいだね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます