結婚しよう―チョコレートパフェー 第一話

一生独身でいようと決めた。

 

八年前、彼女の愛里が死んだ。


愛里が働いている建物で、十二階の非常階段から足を滑らせて転落死したのだ。休憩時間に他の同僚と外の景色を見るため非常階段に出て息抜きをしていたらしい。


ニュースにもなった。愛里とは異なる会社に勤めていたけれど、その事件を聞いたとき悠一は膝をつき、深くうなだれていた。


大学の時からの付き合いで、死んだ日はレストランで待ち合わせをしていた。とても寒い日だった。


あれから八年。もう三十代にさしかかってしまった。今でも愛里の両親とは交流が続いている。


働いては一人暮らしの1Kのマンションに帰る日々。これを定年退職まで続けるのかと思うと気が遠くなりそうだが頑張って生きていくしかない。


実家の母からは結婚は? とよく問われる。


これまでに言い寄って来た女性も何人かいたが、うまくいかない。すぐに愛里と比べてしまうためだ。隣にいるのが愛里じゃないと違和感があった。


これではいけないと思って女性との付き合いは全て断ることにした。


すると、難攻不落の王子として周囲から囁かれるようになった。別に王子でもなんでもないのに。


悠一にとって、愛里以外の彼女は考えられなかった。


そんな悠一に招待状が届いたのは八月の終わり。


① 会いたいと思っている死者の名前


これを読んだとき、会えるのかもしれないと勘が働いた。そうして電話をかけて確認してみると、店主らしき男性は確かに食堂にいる時間だけは会えると言う。


ならば信じてみよう。店に電話をかけた翌日、会社帰りに指輪を買った。八年前にも買っていたけれど、もう古いし、嫌な思い出が染みついている。新しいものを買って、本気を見せよう。


九月二十四日の土曜日に、愛里のご両親とともに墓参りに行った。


命日と秋彼岸にはこの八年、欠かさず行っている。墓石を掃除し、愛里のお母さんが花を添えて、お父さんは線香をあげる。三人で手を合わせた。


「悠一君」


目をあけ横を見る。すると、お父さんが切なそうな顔で言った。


「毎回一緒にお墓参りに来て、それはありがたいけれどもう来なくてもいいんだよ」

「なんでですか」

「もう八年も経つんだ。悠一君の幸せがあるだろう。いつまでも娘にとらわれているのでは先に進めないじゃないか。悠一君も愛里のことは早く忘れて素敵な女性を見つけなさい」


悠一は静かに首を振った。


「僕は愛里じゃないとだめなんです。他のどんな素晴らしい女性がいても、付き合いは続きませんでした」


愛里。明るくて、くりっとした目がバカみたいに可愛い。


死んだ今も未練たらたらだ。


「でも愛里はもう……」

「いいんです。愛里との思い出を糧に僕は生きていきますから」


お父さんはなにか言いたそうに口を開いたが、数秒して口を閉じた。


「わかった。君の気持ちの整理がつくまで、私たちも見守る」


気持ちの整理。そんなのつくわけがない。僕は一生愛里を想って生きていくのだ、と言葉にせず思う。


「ありがとうございます」


形式的にお礼を述べた。


「この後、食事でもしに行くか? 奢るよ」

「そうね。たまには奢らせて」


お母さんも口を挟む。悠一は笑顔で軽く手を挙げた。


「すみません。今日はこれからどうしても外せない用があって」


彼岸食堂のことは言わないほうがいいだろう。どうやら招待状をもらった人しか食堂には行けないらしいから。


お父さんは残念そうな顔をした。


「わかった。ならここで解散だ」


お辞儀をして、悠一は電車を乗り継ぎ彼岸食堂へと向かった。


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