なにがあるかわからない―神戸牛ー 第七話
神戸牛を食わせたところで、贖罪にはならない。
ただ、食べている時の顔を見て忠一は少しは救われた。
自炊、やってみるか。今日は神戸牛を食べたから、脂っこいものはやめておこう。
冷蔵庫の中を思い浮かべる。飲み物と食パン、シリアルしか入っていない。
忠一も立ち上がり、会計をする。
「二名様ドリンク付きで、五千円になります」
え、と思った。
「神戸牛二人前で、五千円は安くないですか。いくらでも払うと言ったのに」
「彼岸食堂は採算度外視です。それでもこれまでのお客様の中では一番高い額ですよ」
「いや、悪い。せめて一万円は払おう」
東郷は慌てたように首を振る。
「いいですよ、そんな」
「今日は言いたいことも言えたのです。少し気分がいい。払わせてください」
忠一は一万を渡した。東郷は押し返したが、問答の末、折れた。
「ありがとうございました」
店を出ると、することもなくなった。趣味もなければ、会社以外の人間関係も希薄だ。
自宅の最寄り駅につき、スーパーへ寄ると、鮭と野菜、ドレッシングを買って家に戻った。
午後三時半。掃除をすると、四時半になった。今日は鮭を焼いてみよう。
なに、簡単だ。グリルで焼けばいいだけだ。米を研いで、炊飯器にセットする。
それからしいたけ、人参、タケノコ、キャベツ、エノキ、しめじを包丁で切っていく。
妻が置いていった包丁。使うのは初めてだ。妻はいつも手際よく料理を作ってくれていた。だが、忠一は野菜すらうまく切れない。
フライパンに油を敷き、不格好になった野菜を炒めていく。野菜の香りとグリルに入った鮭の香りが充満してきた。そういえば、前の会社で働いているときは、あまり食事の味など感じていなかった。
料理をすることで、確かにストレス発散にはなる。これから料理も覚えて行こう。弁当屋の弁当ばかりじゃ、体に悪い。
血圧が上がってすぐ死ぬかもしれない。そんなことを思う。実をいうと、医者に血圧の高さを指摘されているのだ。
夜六時半に、出来上がった白米と野菜炒め、鮭を一人で食べる。
誰か、共に語らう人がいてくれればいいのに。テレビを一方的に見ているだけでは、寂しさも募る。自分にも、そのような感情があったのだな、と今更ながらに思う。
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