なにがあるかわからない―神戸牛ー 第一話
八月の終わりに招待状が届き中を見ると、すぐに調べて彼岸食堂へ行った。
黒島忠一と同じ、五十代くらいの店主が出て来た。
その時はまだ店はやっておらず、コーヒー一杯飲むことすらできなかったが、同封してあった用紙を見せ、真剣な顔で店主に話した。
「これ、どういうことでしょうか。一人で故人を偲んで食事をするのですか」
「いいえ。会いたいと思う死人に会って、一緒に食事をして頂きます」
死人と食事ができる――そんな噂を、耳にしたことがある。
だから確認のために店まで赴いた。
「これは思い出の一品じゃなくてもいいですか」
「基本的には思い出の一品でご要望を承っています。でも事情があるならお聞きしますよ」
店主は落ち着いた声でそう言った。
「思い出の一品はないのですが、どうしても食べさせたいものがあるのです」
「なんでしょう」
「神戸牛を塩で。金ならいくらでも払います」
東郷と名乗った店主に事情を話した。必死な思いだった。
事情を聞くと、東郷は笑顔になった。
「わかりました。一応、返信ハガキに書いて送ってください」
「それと、植村に――会いたい人、に私の名前は言わないでいただけませんか。会ってくれない可能性もあるので」
「……わかりました。ご希望に添えるようにいたします」
ほっとした。日差しが痛いと感じるほどに照り付ける中を、汗だくで帰った。
九月二十四日 土曜日。
暑さは一向に収まらないが、スーツを着て、忠一は植村貴弘の墓参りへと行った。
「ちょっと、どうしてあなたがここにいるんですか」
貴弘の両親と鉢合わせた。怒られ、忠一の額には汗が流れる。
「すみません。どうしてもここへうかがいたくて」
「あなたの顔なんかもう見たくありません。前もそう言ったでしょう」
貴弘の母親が憤りを露わにしている。父親は無言だったが、いい雰囲気ではない。
俺は家族に恨まれている――それをひしひしと感じる。
「ですが……」
「あなたはもううちの子にかかわらないでください。早くここから去ってください」
「ではこれだけはお受け取り下さい。花に罪はありませんから」
すごすごと、仏花を差し出す。
「こんなの受け取れますか!」
そういう母親を、父親が諫めた。
「一応、いただいておきなさい。確かに花に罪はない」
父親に言われて落ち着いたのか、母親は無言で受け取った。
そうして父親も言う。
「私もあなたの顔はもう見たくありませんね。墓参りへ来たのは罪滅ぼしのつもりでしょうが、私たちはあなたのことを決して許しませんので。もう顔を見せないでくださいと前に言いましたよね?」
「申し訳ない……」
忠一は追い払われるように、寺から出る。
墓参りは必ず済ませて下さいと言われたけれど、ろくにできなかった。
罪の意識がまた一つ、溜まっていく。
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