もしも……ーカキフライー 第八話
「ん?」
「もし。もしも……私もこの命が終わって生まれ変わることができたら、また先生と出会いたいです。今度は姉妹として。先生は私の実の姉以上に、姉のような存在でした。師弟関係を切って、妹として生まれ変わりたいです」
言うと希海先生は苦笑した。
「姉の立場はもう嫌かな。弟で懲りた」
やはり、姉は嫌だったか。そんな気はしていたが、つい言ってしまった。
「それが、唄子さんが今日一番言いたかったこと」
「はい。姉じゃだめなら、今度は同い年に生まれ変わって、一番の友達になって頂けませんか」
希海先生は大きく頷き笑った。
「そのほうが私も嬉しい。私も唄子さんと友達になりたい」
「じゃあ、生まれ変わったらよろしくお願いします」
「天国の偉い人にそう言ってみるわ。私、今から転生後のこと色々細かく計画しているのよ。それをまとめて、偉い人に伝えようと思って。転生はまだまだ先になりそうだけど」
唄子は少し夢をもって身を乗り出した。転生できるなら私だって。
「希望って全部叶えてもらえるのでしょうか」
「わからない。でもある程度は聞いてもらえると思う。今はそれを楽しみにしているの」
「そのくらいの楽しみがなきゃやっていけませんよね」
「ええ」
紅茶のカップがお互い空になった。希海先生はおしぼりで手を拭いている。
「そろそろお別れですか」
「うん。多分もう会うことはできないだろうけれど、ちゃんと巡り合わせのことは考えておくからね。約束するからそれだけは覚えておいて。唄子さんのこと、今まで以上に天国から見るようにするから」
「お願いします」
「じゃあ。本当にお別れ。人生、まだ諦めないでね」
希海先生は立ち上がると、店の中央のなにもない空間に立ち、すっと消えた。
寂しさで気分が落ち込みそうになるのをこらえる。
店内には、程よいざわめきと、厨房でなにかを焼く音が聞こえていた。ここにいる人たちはみな死者に会っている。誰が死者なのか、見当がつかない。
唄子はしばらく余韻に浸り、そうして立ち上がるとレジの前に行った。
「お会計、千五百円です」
「二人分で、ですか? 安いですね」
「ええ、まあ。彼岸の間はなるべく安くご提供させていただいております」
会計を支払うと、唄子は小さな声で言った。
「あの、招待状が来る基準というのはなんなのですか」
「先ほど申しあげたとおり、後悔の念を持っている人や、重い気持ちを抱えている人です」
「どう判断をつけて、どうやってその人の住所を知るのですか」
東郷は困ったような顔で頭を掻く。
「それは内緒、ということにさせてもらえませんか」
内緒が多い。秘密のなにかがあるのだろう。
「言えない事情があるのですね」
「ええ、まあ。言ってもいいのですけれど広まると少し厄介です。不満に思う方も出てくるでしょうから」
唄子は頷く。
「ならそのことは聞きません。一つだけお願いがあるのですが」
「なんでしょう」
「市川希海さんの母親も、ものすごい後悔の念を抱えていらっしゃいます。お母様ではなく私が呼ばれたのが不思議なくらいで。お母様と希海先――さんを会わせることってできますか」
希海先生の母親、聡子のことは、いつも気にかけている。よくメールでやり取りもしている。
「今年の彼岸はもう無理ですが、来年取り計らってみましょう」
また会いたい。同席できますか、と言おうとしてやめておいた。多分同席はできない。
そんな勘が働く。
「では、よろしくお願いします」
唄子は深々と頭を下げる。
「考慮しておきます」
東郷は笑い、ありがとうございました、と言った。信頼できそうな人だ。
唄子は店を出る。そうして、彼岸食堂のことを聡子に伝えようと思ってスマホから電話をかける。
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