もしも……ーカキフライー 第六話

「だから四十代だって結婚できる」

「でもネットの中では偏見がすごいですよ。四十のババアに男は興味ないとか」

「ひどいけれど、それはその人のもの差しだから。世の中本当にすごい考えを持った人もいるから、大丈夫。自信をもって、また婚活するといいよ」

「……考えます」

「でも結婚だけが幸せじゃないからね。どうにか生きて、幸せになって」


頷けなかった。幸せが、よくわからない。もう長いこと幸せを感じられていない。


人生ってなんだろう。どうして闇の中を歩いてこなければならなかったのだろう。

人並みに青春をしたかった。ただ人並みに、普通に働いたり普通の家庭を作ったりしたかった。


「今は、幸せじゃない?」


希海先生は優しく訊ねる。


「幸せが何かわからなくて。もちろん、今日は希海先生に会えてとても嬉しいし、小さな幸せは感じられますけれど。それに、色々な人がいると言っても、やっぱり社会の全体的な圧力ってすごいです」


「唄子さんはあれだけ苦労したのにね。私も結局結婚ができなかったから、それは少し未練なの。だから生まれ変わるときは、お願いする。来世はちゃんと健康な体で生まれて、お母さんになりたかったっていう私の夢をかなえてくださいって」


「先生、生きているときからそういう話していましたよね」


「うん。今世はもう諦めているところもあったから。でも縁ってどこから来るかわからないから、唄子さんは準備しておいたほうがいいよ。今日着ている夏服も色がとても綺麗」


こうして前向きでたまに褒めてくれるのが希海先生だ。


夏服の中でも、白い無地のシャツにブルーのロングスカートを選んだ。割と新品だ。


「今日も何を着ようか悩んで。秋服がよかったんですけど、夏服にしました」

「外、暑い?」


六個あったカキフライがどんどん減っていく。


「暑いですよ。九月の終わりとは思えないくらいです」

「私たち、火性一気で暑さに弱いもんね。夏はいつも溶けていたよね」


火性一気とは命式の中にほぼ火を象徴する星しか入っていないということだ。ただお互い、水を象徴する星が一つだけある。だから水を増やさなくてはいけないという意味で、水性が必要になってくるのだ。結婚相手も本来なら水性の質を持つ人がいいだろうと言われている。


「先生は暑さや寒さを感じられるのですか」

「天国では通年ちょうどいい温度になっているみたい。季節感にやられて体調壊して亡くなった人もいるから、配慮がなされているらしいの。でも、この食堂は空調が効いていて、涼しさを感じる」


天国では、色々なことが行き届いているのだろう。


コーンスープを飲んだ。塩気が少なく甘みのあるまろやかな味。癖になりそうだ。美味しくて唄子は一気に飲んでしまった。希海先生も美味しかったのか何も言わずに飲んでいる。



こうした沈黙も嫌ではなかった。むしろ一緒に食事をすることで、より絆が深まっていくような気さえする。


「久しぶりに美味しいものを食べたよ」


カキフライはなくなり、希海先生は笑顔でそう言った。


「本当に。私も家ではここまで美味しいのは作れないですし」

「そう? 唄子さんがカキフライを作るのを手伝ってくれた時、手際が良くて感心した」


それは本当に、覚えていない。「手伝いましょうか」と言って次の瞬間はどこかの暗い道を歩いていたのだ。そういえば、授業が終わるころ、先生の母親が夕飯を作っていてその香りが漂ってきたこともよくあった。


二人分、作っていたのだろう。弟は一人暮らしをしているらしいから今は一人だ。


「お母様もいつも心配されていますよ。後悔の念も私と同じくらいあるみたいで」

「後悔?」

「はい。お母様も私も後悔しています。どうして手術を止めなかったんだろうって。私は先生の体調に気を配れなかった。もっとしっかり配慮するべきだったんです。体力が落ちている状態で手術なんて、絶対によくなかった。だから止めるべきだったんです。そうすれば、希海先生と今まだ算命学を楽しみながら学べたのに。お母さんも止めるべきだったと、一年は手術を遅らせるべきだったとおっしゃっています。ご自分を責めていらっしゃいますよ」



泣きそうになった。心臓の手術をして、心臓から脳に血が飛ぶことはよくあるらしい。 


希海先生は多分、苦しまずに亡くなったのだろう。それでも、死んでほしくはなかった。先生が精神的な支えだったし、唄子を傷つけることは絶対になかった。


東郷がお皿を片付けに来る。

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