もしも……ーカキフライー 第四話

「鬱はおかげさまで大分よくなりましたけれど、まだまだ浮き沈みは激しいです」

 

調子のいい時はいいが、沈むときは急に沈んでなにもできなくなる。


「お互い、なかなか厄介な命式だもんね」

「そうですね。算命学のほうは結局そのままで……」


希海先生は笑った。


「ごめんね、死んじゃって。教えたいこと、まだまだたくさんあったのに」


仲が良く、こうして話し合えてもあくまで師弟関係なのだ。私は一人の弟子に過ぎない、唄子はそう思う。


「私も教えてもらいたいこと、たくさんあります。でも鬱がよくなったのは先生のおかげですし、本当に助けられたことに感謝をしています。ずっと伝えたくて」


「少しでもお役に立てたのならよかった」


東郷がやってきた。


「カキフライです。牡蠣は北海道の厚岸(あっけし)でとれたものを使用しています。一年中牡蠣が食べられるところで有名です。サラダとパン、コーンスープ付きです」


サラダ、カキフライの入ったお皿、バスケットにロールパン、それからコーンスープの入った白い入れ物が目の前に置かれる。


「ソースはお好みでどうぞ」


銀色のソースポットを二つ置いた。普通のソースと、タルタルソースが入っている。


「ありがとうございます」


希海先生はそう言って、東郷が去るのを見送っていた。


「じゃ、頂きましょうか」

「はい」


先生はタルタルソースをカキフライにかける。唄子もそれに倣った。


会えたのなら、言いたいことはすべて言わないと。どんな失礼なことでも。


「あの。あの、先生に言いたいこと、言ってもいいですか」

「そうね。せっかく会えたのだしなんでも言って」


希海先生は微笑みを絶やさず頷いた。


「先生は、もう死ぬってわかっていたのですか。亡くなった後で、先生のお母さんからスマホの履歴がすべて消えていたと聞いています」


言うとふふ、と笑い声が聞こえて来た。


「占いでそう出ていたのもあったけれど、多分唄子さんが思っているとおり、生きるのが嫌になっちゃって。検査検査で大変で。こんな年になってもまだ入院するのかって。でも本当は生きるのと、死ぬのと、半々くらいだと自分では思っていた。なんととなく予感もして、仕事関係のアドレス以外、全部消しちゃった。これまでの友達とかのやり取りも」



やはり、どちらかというと死ぬ予感のほうが強かったのだろう。ラストの二年くらいの会話は、それまでとは異なっていた。


結婚したい、から私が死んだらどうしたい、ああしたい、もういい、次の世に賭けると、死後のことを語るようになっていたのだ。その違和感を唄子はスルーしてしまった。そうして本当に希海先生は死んでしまった。



生きていてほしかった。生きてまた明るい話をしながら算命学を学びたかった。


カキフライを一口食べる。サクッと、音がした。牡蠣も柔らかくて美味しい。


タルタルソースによくあう。


「美味しいね」

「ええ。口の中に潮が広がります」

「ふふ。教えたことあったよね。牡蠣は唄子さんにも私にもいいの。海の食べ物だし。黒っぽいし」


算命学では、命式というものがある。命式は陰占と陽占があり、木、火、土、金、水の五行を出す。唄子も希先生も火性が強く、運を開くためには水性が必要だった。


水性というのは単純に、そのまま海や川を指す。カラーは黒。つまり海の食べ物、牡蠣は算命学で言うところのラッキーフードとなる。


「そうですね。魚介類、実は大好きです」

「海のものをふんだんに体の中に取り入れて、運気アップしちゃいましょう」

「はい。あの、またまた一つ聞きたいのですが」


サラダを食べる。サラダは甘みのあるドレッシングがきいていて食べやすかった。


「招待状を頂いた時、返信ハガキに『思い出の一品』というのがありました。先生とはお茶やお菓子を食べましたが、カキフライは食べていません。ですが、夢で見たのです。私が先生の所へ行って、一緒にカキフライを作るのを。だからカキフライを選んだのですが……」


希海先生は大きく頷く。


「唄子さん、私のところへ来たよ、実際」


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