もしも……ーカキフライー 第三話


電車を乗り継ぎ一時間半。ビルとビルの間に、その建物はあった。


扉を開いてみると、「いらっしゃいませ」とコック帽を被った店主らしき人が出てくる。


「ご招待いただきました大田です」


招待状を見せた。


「東郷と申します。ご案内致します。こちらへ」


案内されたのは入口から入ってすぐ、右側の席だった。


そこに座っている人を見て、思わず目を見開いた。


「希海先生!」


希海先生は笑顔で手を挙げる。


どこからどう見ても希海先生だ。むくみのないほっそりとした顔をしている。


「唄子さん、久しぶり。少し早く来て待っていたよ」


彼岸食堂とは、死者に会える食堂なのか、と理解する。


占いの授業でいろいろな不思議話を聞いてきたから、こういうこともあるのだろうと、素直に受け止めた。


東郷が水とおしぼりを運んでくる。唄子は気になって手を挙げ、訊ねる。


「あの、少しお尋ねしたいのですが。一緒にご飯、食べてもいいのですか」

「はい。ここでは此岸の者と彼岸の者が一緒に同じものを食べることができます。お気になさらず、ごゆっくりされてください」


彼岸食堂。その意味も、なんとなく納得する。


「なんでそんなことができるのですか」


この店だけそんなことが許されるのが不思議だった。


「それは内緒です」


東郷は申し訳なさそうに言う。


「私はなぜ招待されたのでしょう」


東郷は耳打ちした。


「後悔の念を持っている人、想いの強い人をここへ招待しております」


後悔の念。ならば、希先生の母親、聡子のほうがよほど強いのではないか。メールでいつも、親より先に死なれるのは最悪だと繰り返している。聡子もここへ来られることがあるのかもしれない。でも、母親との確執があるとも先生は言っていたっけ。


東郷は微笑み、メニューを差し出す。


「食後のドリンクを、大田様がお選びください」

「え。先生のぶんもですか」

「先生? ああ、こちらの市川様のことですね」

「はい」

「此岸の方が選ぶルールとなっていますから」

「ならば……」


たくさんのドリンクメニューがあって少し戸惑う。カキフライを食べた後の食後には何があう? 希海先生は何が好きだっただろう。何が飲みたいだろう。それも考えなくては。


「なんでもいいよ」


察したのか、声が聞こえた。


「では、ホットの紅茶で」

「かしこまりました」


東郷はメニューをしまい、去っていく。


唄子はおしぼりで手を拭いた。


「お墓参りありがとうね」


どうやらお墓参りへ行ったことは伝わるらしい。


「ええ。お墓参りを済ませてからここに来るように言われたので」

「そうなんだ。それで、今はどうしているの。独身っていう声がさっき聞こえたけど」


お墓の前での祈りが聞こえてしまったらしい。少し恥ずかしい。


「婚活をすすめて下さいましたが、未だ、独身です」


希海先生は朗らかに笑った。


「なんでいい人とうまく巡り合えないのかなぁ」

「本当に。巡り合える人がうらやましいですよ」

「そうだよね」


頷き、笑う。唄子は、夢のことを訊こうと身を乗り出した。


「ところで、訊ねたいことがあるのですが、亡くなった直後、私のところへ来ましたか」


亡くなったことを母親から知らされて一週間後、夜目を閉じていると希海先生が枕元に立っているのがわかった。目を開けていなくても、いるとわかった。


「うん。枕元に立った。天国へ行く前、お世話になった人に挨拶をしに行くように言われて」


死後は死後で、それなりにルールやしきたりなどもあるらしい。


「来ていただいたときは少し嬉しかったです。声は聞こえませんでしたが」

「お世話になりました。ありがとう、って言ったの。あと少し唄子さんのことが心配で」


死んでもなお、気にかけてくれていたことがありがたい。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る