大丈夫だよーお子様ランチ 第五話

「でもさ」


桃子はつぶやいた。


「パパとママはそれだけ私の死に向き合ってくれているってことでしょ。それは嬉しい」


向き合っている、というつもりは礼子にはなかった。だがよく考えてみればそうなのだろう。


二年経っても消えない苦しく悲しい気持ちは、桃子のことを大切に思っていたからこそ、癒えずにいたのだ。


「それでもね。もうやめよう。パパもママも、私がいないことでヒステリックになったり不安定になったり泣いたりしちゃダメ。いい?」


桃子は黒目を大きくさせ、まっすぐに礼子と博之を見つめる。


「でも、桃子がいないと寂しくて」


博之が言った。


「『でも』も『だけど』も禁止。私は天国で楽しくやっているし、パパとママは、自分たちの人生を生きていかなきゃ。子供とパパ、ママの人生はそれぞれ違うでしょ。別人なんだから」


言われて礼子ははっとする。どこかで桃子を自分の分身のように思っていた。


桃子と自分の人生は違うと頭で理解できていたはずなのに、感情面ではどこかで同じだと考えていた。


「ごめんね。桃子、困っていたのね」


礼子は泣きそうになりながら謝った。桃子は桃子でちゃんと考えをもって、いつまでも悲しんでいたらだめだと伝えに来たのだ。だから天国で必死に、東郷にお願いをしたのだろう。


「そうだよ。パパとママがそんなんで、私とても困っているの」

「わかった。桃子の言うとおりにする。もう悲しまないよ。礼子もいいな」


博之は礼子のほうを向いて説得するように言った。


「ええ。でももう少しだけ時間をくれる? 気持ちを立て直すから」

「いいよ」


レストランに入って桃子に会えた時は楽しく懐かしい話でもできるかと思っていたけれど、我が子に怒られっぱなしだ。桃子は本当に、心から怒っているのだ。


「少しだけ時間をあげるけど、もう泣かないって約束してくれる? 不安定になって人に迷惑をかけることもやめてくれる? 私はパパとママに笑って生きてほしいんだよ」


博之と礼子は同時に頷いた。


「もう泣かない。こうして桃子の話を聞くことがなによりのカウンセリングになる」


博之は力強く頷く。


「じゃあ、指切りげんまん」


桃子は小さな小指を差し出した。博之と桃子は指切りをしている。次に、礼子。


「約束破ったら、天国に来た時に本当に針千本飲ませるからね」


桃子は真顔で言った。


「針千本は勘弁してほしいな」


博之は笑った。


「それに二人で不安定になっていたら、赤ちゃんにも影響しちゃうから」

「赤ちゃん?」


博之と礼子は顔を見合わせる。


「ママのお腹の中に、赤ちゃんがいる」


桃子ははっきりそう言った。礼子は思わずお腹に手を当てる。


「嘘でしょ? そんなことなぜわかるの」

「わかるんだよ、私には。子供ってそういうものなの。大人がわからないこともカンでわかるんだよ。だからいつまでもめそめそしていたら、赤ちゃんにも悪影響だからね」


にわかには信じられなかった。博之と寝たのは、ここ数年で一度きり。たまりにたまった悲しみから、お互い心の隙間を埋め合わせるように求め合った。


「ああ、そろそろ時間が来たよ」

「え、もうお別れ?」


桃子は頷く。そうして立ち上がると笑った。


「弟だからね。大切にしてね」

「ちょっと待――」 


店の中央に行く桃子を、礼子は追いかける。まだ話していないことがたくさんある。


もっと話をしたかった。怒られっぱなしじゃなく、思い出話をしたかった。


だが桃子は笑顔ですっと消える。


テーブルには、空になったプレートと、メロンソーダのグラスが残されていた。


十分ほど、博之とは何も話さずただそこに座っていた。


「……帰ろうか」


博之が促す。会計をして、帰ることにした。本当に、驚くほど安い値段だった。


「ありがとうございました」


東郷の声に、少し落ち着いた。


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