大丈夫だよーお子様ランチ 第三話

「本当に桃子なのか」

「私は桃子だよ。正真正銘、パパとママの子供だよ」

 

桃子は博之と礼子から離れて振り返る。


「あの人怖い」


大学生に見える男の子は、まだ正面に座っている子に何か叫んでいた。だがその表情は泣いている。なにか思うところがあるのだろう。


「大丈夫よ、桃子。私たちといれば怖くないわ」

「うん」

「それでお取込み中のところ失礼ですが、先ほどの続きです。招待状はお持ちですか」


ああ、と慌てて立ち上がり、バッグの中から招待状を取り出した。


「はい。確認が取れました。ではお三方ともこちらへ」


大学生に見える男の子から少し離れた、店の隅の席に案内された。


桃子の正面に礼子が座り、礼子の隣に博之が座った。怒鳴り声はいつの間にか止んで、静かになっている。凍り付いていた店内も柔らかくなり、それぞれがまたお喋りを始めていた。


「お子様ランチでしたね」


桃子が大きく頷く。東郷は水を持ってきた。


「他にメニューはありませんか。私たちがお子様ランチを食べるのは、その、恥ずかしいというか。もうそういう年齢はとうに終わっていますので」


博之が気恥ずかしそうに言った。


「いいえ。あなた方には桃子さんと同じものを食べて頂きます。店にはいくつかルールがありまして。同じものを食べて頂くこともルールの一つです。同じものを食べることによって、気持ちが共有できる部分もありましてね。ドリンクも同じものにしてください」


そう言ってドリンクのメニューを見せる。


「私、メロンソーダがいい」

「じゃあそれで」


博之は諦めたように言った。


「ではしばらくお待ちください」


言って東郷は去っていく。騙されたと疑って本当に申し訳ない。


ここにいる人たちはみんな、この店を信じてやってきた人たちなのだ。そうして、恐らくこの店内には死者もいる。


綺麗な内装の食堂なのに、故人と生きている者たちが、集まっているのだ。


ただみんな生きているみたいだ。誰が死んでいるのか見分けがつかない。


礼子は桃子に向き直った。


「桃子、今はどうしているの」

「今はすごく元気だよ。なんともない」

「よかった。天国にいるのよね? そこはどういう感じなの」


桃子は少し考えるように天井を見上げた。


「うんっとね、大人と子供でちょっと違うの。子供っていうのは十五歳までなんだって。それでね、子供が死んだら一つのおうちで数人の子供と、お世話をしてくれる数人の大人と一緒に暮らすの」


「家はどんなところ? そこにいる人はどんな人たち?」


なにか酷いことはされていないだろうか。


「家は広いよ。私が住んでいたおうちより広い。一人一人に個室があって、私を含めた五人の子と暮らしている。何かしゃべりたいときはみんなリビングに集まってテーブルに座って話すよ。みんないい子だし、友達みたいな感覚だよ。大人はね、すっごく優しいの。読書をする時間もあるし、勉強をする時間もあるよ。学校とはちょっと違うけど、勉強の時間は分からないところがあると大人がすぐに教えてくれる。それに髪もとかしてくれるし、洋服買う時も付き添ってくれるよ」


優しいお世話係がいる。それを聞いて礼子は安堵する。天国で寂しい思いをしていないか、辛い思いをしていないか、ずっと考えていたのだ。


「食事はどうしているの」

「基本食べないよ。お腹がすかないの」

「そうなの?」


桃子は再び大きく頷く。


「それにね、天国のものは食べても味がしないの」

「味がしない?」

「そう。全然味がしないから美味しくない。だから食べない」


桃子はちょっと不服そうに口を尖らせる。天国では料理の味がしないっていうのはどういうことだろう。お腹がすかないなら死者に料理は不要だということだろうか。


だが、一応料理は作ることもできるし、レストランみたいなところもあるという。ならなぜ味がしないのか、いくら考えてもわからなかった。


「今はね、六年生の勉強をしている。高校三年生までの勉強は教わるらしいんだけど、体はもう成長しないんだって」


体は成長しない。それを聞いて悲しくなった。


「でもね、全然寂しくないよ。勉強は楽しいし、パパとママのことも天国から見ているし」


訊ねると、特殊なモニターで見られるのだという。


「天国で楽しくやっているのね」

「うん。でね、今天国で噂になっているのがこの彼岸食堂なの。九月の二十日から二十六日まで、死者と生きている人が一緒に食事ができるんだって。天国に住んでいる子も何人かお父さんとお母さんに会っていたみたい。それを聞いて、私もどうしてもパパとママに会いたくなったの。東郷さんが……」


桃子は厨房のほうを見た。


「あの、お料理作る人ね。その人が、天国に来て、招待状をもって数人の人に声をかけていたの。だから私、一生懸命お願いしてパパとママに会わせてもらえるようにしたんだ。ちょっと困った顔をしていたけど、仕方がありませんね、いいですよって、家の住所を聞かれて」


実質、桃子がここへ呼び寄せてくれたようなものなのか。会いたがっているというのは本当だった。そう思うと、ますます電話越しで怒鳴り散らしていたことが恥ずかしくなる。


「お待たせいたしました」


東郷はワゴンを引きお子様ランチを三皿乗せてやって来ると、おしぼりと一緒に一人ずつ、目の前に静かに置いた。


「ハンバーグは国産和牛を使っています。エビフライは瀬戸内海でとれたものを。から揚げもいい鶏肉を使っています。それではご家族とのひと時、ごゆっくり語らってください」


ソースポットを最後に置き、去っていく。


見ると子供用のプレートに、ハンバーグとエビフライ、から揚げ、ポテト、少しの野菜と日本の旗のついたご飯が丸く乗せられていた。デザートにはプリン。桃子の瞳が輝きだす。


桃子はお子様ランチが好きだった。六歳の時まで、外出をして何か食べるときはいつもお子様ランチを頼んでいた。そうして、最後に食べたいと言ったものも、お子様ランチだった。


「やっぱり俺たちがこれを食べるのは恥ずかしいな」


博之が少し照れたように言った。


「仕方がないわ。このお店のルールだというのだもの。それに誰も気にしていないみたい」


周囲を見渡しても、礼子たち家族に注目している人などいない。


「そうだな。では頂きます」


博之が言うと、礼子と桃子も大きな声で言った。エビフライにソースをかける。


「ありがとう。思い出の一品、私のことを考えてお子様ランチにしてくれたんだね」

「ええそうよ。桃子はお子様ランチが大好きだったから」

「パパとママは本当は他のがよかったよね。ごめんなさい」

「謝らなくていい。同じものをこうして家族で囲って久しぶりに食べるのだから」


博之が言った。桃子はこんな時まで気を遣っている。


「そうよ。桃子の好きなものを一緒に食べましょう」


礼子はハンバーグにナイフを入れる。柔らかく、すぐに切れた。口に運ぶと、牛肉の味が口いっぱいに広がる。桃子はフォークで食べていた。


「美味しい」


礼子が言うと、博之も賛同した。


「本当に。お子様ランチも侮れないな」

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