ありがとうー海鮮丼ー 第八話

「だって、生きているときは恋なんてしていないみたいだったからさ」

「それはお前もだろ。お互いモテなかったしな。生前は誰か女の子を好きになることもなかったな」

「なら天国では青春ライフを満喫しているっていうことか」

「だからそう言っているだろ。お前が気に病む必要なんてなにもないんだよ」

 

理人の隣に女の子がいる。それを想像するだけで、胸のつかえが少しだけ取れていくような気がした。


「お前はどうなの。大学で気になる子とかいないの」

「いないと言ったら嘘になるけど」


大学に、いいなと思う子はいる。野崎という、美人で芯の通った子だ。


「俺に気を遣って、なにもできずにいたんだろ? 俺だって好きな子に声をかけ続けて頑張るからさ、お前もそういう青春しろよ。俺だけ楽しんでお前が罪悪感に苦しんでいるのなんて見ていられないよ」


理人は軽く言うが、一つ一つの言葉には重みが含まれていた。


発する言葉に、これまでため込んでいたものがどんどん浄化されていく。


俺は、俺の人生を歩んでいい。これまでの自問自答は、理人の言葉により確信に変わった。罪悪感も少しずつ解けていく。


「わかった……俺は俺でやっていくよ」

「そうしろ。俺に遠慮なんかするなよ。それは俺に失礼だ」

「うん」

「それに、時間が無くなってきたからもっと踏み込んだ本音を言うぞ。俺が聞きたいのは謝罪の言葉じゃないんだよ」


理人は深刻な表情で言った。


「なに」

「何のためにお前を助けたと思っている。お前を不幸にするためじゃない。幸せに人生を送ってほしいから助けたんだ。今幸せだっていう、その報告を今日は本当は聞きたかったんだよ。謝罪はやめてくれ。未来永劫、罪悪感を持ち続けるのもやめてくれ。こっちまで苦しくなるから」


理人はいつもより低い声を出した。これが本当の、本音なのだと悟る。


俺の中にある罪悪感は、理人を苦しめてしまうのか、と吉樹は思った。


なら、先ほど立ち上がってやり場のない気持ちを吐露したのも、理人を傷つけてしまったのだろうかと考える。


「そうだな……俺がお前に言うことは『ごめん』じゃなかったんだな」


言ってアイスグリーンティーを飲み、笑って続けた。


「ありがとう。あの時俺を助けてくれて。俺は大学へ行けて幸せだよ。ありがとう」


「そうだよ。そういうことが聞きたかったんだ」


理人は笑って少しだけ目を潤ませた。


「就職活動も五月くらいからぼちぼち始めている。今まで幸せになっちゃいけないっていう気持ちがあったけど、そういう気持ちは全部なくして俺の時間を歩いていくよ」

「天国では働かなくていいもんね」

「いいなぁ、この野郎」


そう言って二人で目を合わせ、笑った。理人は理人なりに、天国で幸せな生活を送っているのだ。それを知ることができてよかった。


グラスが空になった。


「約束してくれ。お前は俺のことを気にせず、お前の人生を歩むと。友人からの最後のお願いだ」


吉樹は強く頷いた。


「わかった。約束する」

「絶対だぞ」

「まあ、気にするなとは言っても理人のことは一生忘れないけどな」

「はは、それは嬉しいよ。もう時間みたいだ」


理人は立ち上がった。吉樹の呪縛が解ければ、もう会えないのだという。


「今日はごちそうさま。お前と出会えてよかったよ」

「俺もだ」

「じゃあ、もう行くよ」


理人は中央のなにもない空間に立つと、姿を消してしまった。


先ほど理人が花瓶に戻していた花が、再びポトリとテーブルの上に落ちた。

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