ありがとうー海鮮丼ー 第六話

「そんなの、お前の自由だろ。許さないなんて俺がいつ言ったよ」

「本当にか。お前の本音を言ってくれ。俺はお前の本音が聞きたい」

 

罵詈雑言、なんでも受け止める。でも、理人は先ほどから明るい。


あえて明るくしているのか、それとも本心のところでは俺に何かしらの思いを抱えているのではないか。そんなことを思う。


「そりゃ、俺だって生きられるなら生きたかったさ。やりたいこともたくさんあったし。だから思うことはある。それは恨みとかそういうものじゃなくて、早死にしてしまったことへのなんていうのかな。不思議な気持ち。あれ、なんで俺十八で死んだんだろうって、ふと思う瞬間はある。でも俺は、お前が助かる道を選んだ。俺が選んだことなんだ。ただそれだけなんだよ」


鼻水まで出てくる。吉樹は鼻をすすった。


「お前、いい奴だな」

「いまさらそれを言うのか。もう、涙と鼻水拭いて早く食えよ」


理人は笑いながら頬いっぱいに米を口に入れる。理人が何を言っても、多分俺は俺を責め続けるのだろう、と吉樹は思った。涙が、どんぶりの中に滴る。


「ああ、もう。涙の混ざった海鮮丼なんて旨くねえだろ」


言われたとおり、吉樹は涙を拭いた。そうしてまた食を再開する。


後悔と、青春の味が詰まっている。鮮やかな記憶と、そして、絶望。


ごちゃごちゃになった感情をなるべく抑え込んで味わって食べる。じゃないと気にしていない、助けられてよかったと言い張る理人に失礼だと思った。


みそ汁も飲む。


「みそ汁も旨いな」

「これ、出汁は牡蠣じゃないか? そんな気がする」


言われてみれば確かに、ほんのり牡蠣の味がする。


「そうかもしれないな」

「牡蠣って今時期なのか?」

「わからないけど、ここの料理人凄腕だと思う」


吉樹は、小さな声で言った。まだ大きな声を出せる元気がない。


「俺もそう思う。それにあの料理人、彼岸と此岸を繋げるなんて何者だよ」


理人も声を潜める。


左を見ると、大きな厨房が見える。東郷は忙しそうに厨房の中を歩き回っている。


本当に、何者なのだろう。しばらく東郷の根も葉もない噂話をして、海鮮丼とみそ汁を食べ終える。


「あー、こんなに満腹を感じるのは久しぶり」


理人は両手で腹のあたりを押さえ、続けた。


「お前が海鮮丼と書いてくれなきゃずっと食べられなかったところだ。天国の料理は味がしないしな」


「そうなのか」


「ああ。見た目はおいしそうに作ったり、レストランでおいしそうなものが出てきたりしても、全部紙みたいな味しかしない。天国へ行くとそういうバカ舌になるらしい」

「でもここでの料理はうまいだろ」

「うん、うまい」

「ならバカ舌になるんじゃなくて天国の料理がまずいんだよ」

「そういうことになるのかな」


適当に話を合わせている。理人をこれ以上困らせないためにだ。


話せること。他にないだろうか。これが最後のチャンスなのだ。


「食後の飲み物お持ちしますか」


東郷が食べ終えたことに気づき、やって来る。


ためらった。もう少し理人と話がしたい。でも、言うしかないのだろう。


「はい、お願いします」


「かしこまりました」


空になったどんぶりとお椀、箸を軽々と下げる。


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