ありがとうー海鮮丼ー 第五話

「なんでお前が死んで俺が生きているんだよ。なんで死んだのがお前だったんだよ。俺のことなんて放っておいてよかったのに。こんなんじゃお前の先祖にも顔向けできない」


理人の先祖だって悲しんでいるのかもしれない。今、俺はどんな顔をしているのだろうかと吉樹は思った。きっと、不細工な顔をしているのだろう。視界が滲み、涙が溢れてきた。


「……そんなこと言うなよ」


 理人の声が小さくなる。花を優しくつかみ、花瓶に落ちないように戻していた。


「だって俺は今大学なんて行ってのうのうと生きている。俺はお前を置いて、人生を進めてしまっているんだ」


目の端に小さな子供が「ママ」と叫んで走っていくのをとらえた。ここにいる客は、おそらくみんな辛い思いを抱えている。


「罵ってくれていいんだよ。お前なんか助けなきゃよかったって。溺れた俺が生きているなんておかしいだろ。助けたお前が死ぬなんて……どう考えたっておかしいだろ。お前は年を取っていないのに、俺は年を取ってこれからも生きていくんだぞ。いいのか」


場が静まり返っていた。立って喚いている吉樹に注目が集まっているらしい。


頬を伝う涙を腕で拭い、吉樹は力尽きて座った。


「構わないさ」


理人のあっけらかんとした声が聞こえた。


「これも運命だったのかもしれないし」

「運命なわけないだろう。俺が引き起こした事故なんだ」


「じゃあ、俺はお前を責めればいいのか? そんなことはできないよ。なにより俺はお前が助かってくれてよかったと思っている。お前まで死んだんじゃ、それこそ俺が死んだ意味がないし。先祖にはあの世で会ってないけど多分、何も言わんよ」


「でも……」


吉樹は右手で髪をくしゃりと掴んだ。


「お前が死んでから、俺の心は虚無に襲われているんだ。後悔ばかりが募っている。なんで俺が死ななかったんだろうって。生きているのがお前だったら、今だって楽しい学生生活を送れていたはずなのに。お前だって大学進学が希望だっただろ? お前の将来を奪ったのが俺なんだと思うと、自分の中から怨念のように、責める声が聞こえるんだ。夢の中でも聞こえてくるんだ。どうして吉樹が生きているんだって。たまに、お前の顔をした奴も夢で出てきて……」


「おいおい。俺を怨霊扱いするなよ」


理人は切なそうに微笑んだ。そうして静かに箸をおき、身を乗り出す。


「俺はお前を責めたりしない。俺とお前の時間は異なるんだ。友人でも、同じ時間を共に過ごしていても、人生というのは違うものだろ? そこまで気にしなくていいんだよ。それでも気に病むんだったら、今みたいに泣いて喚いて、叫べばいいさ。それが多分、お前の心の癒しになるんだ」


「……俺が溺れなければよかったんだ。あんな高三の受験の大事な時期に。本当にごめん」


海へ行ったのは毎年の習慣でもあったけれど、高三の時は受験の息抜きのつもりで行った。そうしてあの結果になった。


「俺のことでずっと苦しんできたのか? 海鮮丼を食べるのも苦しいか」


どんぶりにまだ半分ほど残っている海鮮丼を見つめる。


「高校三年の時から食べていない。今日久しぶりに食べた」


「なぜこれまで食べなかった」


「理人への罪悪感から……今だって本当は、お前の言うとおり苦しい。楽しかった思い出もあるけれど、お前が死んだのが俺のせいなんだと思うと……苦しいよ」


「でも海鮮丼は嫌いになれないだろ」


「ああ」


「なら、謝るのはなし。毎年夏には海鮮丼を食べて、俺のことをたくさん思い出してくれよ。そうすれば俺も、お前の様子をモニターから見るよ。心の中でも名前を呼んでくれれば、わかるからさ」


黙っている吉樹をよそに理人は再び箸を手に持ち、海鮮丼を食べ始めた。


「いくらも美味しいぞ。お前も食べろ。みそ汁も飲まないと冷めちまう」


吉樹はゆっくりと箸を持つ。だが、涙は嗚咽に変わっていた。


「泣くなよ。俺はあの世でそれなりに楽しくやっているんだからさ、お前はお前の人生を歩んでいけばいいんだ。俺は俺の人生をお前から奪われたなんて思っていない。お前が六十年、七十年後に死んだときにでもまた会おうぜ。待ってるからさ。その時は年取ったなって冷やかしてやる」


冗談っぽく理人は言った。


「いいのか? 俺は彼女を作ったり、結婚したりしてもいいのか」



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