気を付けてー天ぷらー 第十三話

優しく言うと、しばらくの沈黙が続いたのち、司が背筋を伸ばして言った。


「あの、私妊娠しました。昨日わかって……」

「まあ」


思わず声を出した。


「これまで不妊治療をしていて、ずっと苦しんでいたんです。精神不安定になったりもして。だから、これまでなかなかお義母さんにはお会いできなくて。こちらにご挨拶にうかがえなくて本当に申し訳ございません」


司は頭を下げる。


「いいのよ、そんなこと。それより、苦しんでいたなら相談してくれればよかったのに」


「ご迷惑かと」


「そんなことない。だって家族だもの。それにね、私も若いころはなかなか子供を授かれずに苦しんでいたことがあったのよ」


「そうなんですか」


司はびっくりしたように顔を上げる。


拓也も意外だったようで、「え、そうなの」と暢気な口調で言っている。


「そうよ。だから力になれることがあったかもしれないのに」

「なら早く母さんに相談すればよかったな……」


拓也は独りごちた。


「私ね、拓也を妊娠するまで、十年以上かかったのよ」


言って肩をすくめる。


「そうなの?」

「言ったことなかったかしら」


拓也は思い出すように遠くを見た。


「ずいぶん昔にそんなことを聞いたような……聞かなかったような」

「どっち」


司が突っ込みを入れる。


「光也の時はサクっとできてしまったけれどね。何か手伝えることがあったら言ってちょうだい」

「いえ、まだ大丈夫です。ただつわりや体調が酷くなるようなら、群馬の実家に帰るか、こちらのおうちにお世話になろうかと考えています」


東京から群馬は、妊娠した体では辛いだろう。産後なら尚更、往復は辛い。


いずれはこの家に来ることになる。そう感じた。


「わかったわ。空いている部屋はたくさんあるし、気を遣わなくていいからね」

「はい」


小春は真顔で拓也を見た。息子は勝也のように司に優しくできるだろうか。あの人の子供なのだからできると信じたい。


「拓也、司さんをしっかり支えるのよ」

「うん」


司は嬉しそうな顔をしている。妊娠したと言われたときは驚きのほうが勝ったけれど、小春にも、じわじわと嬉しさが湧いてきた。


勝也、私たち、孫ができます。心の中でそう言う。この声は、勝也に届いているだろうか。


それから昼食を振るまい、一時間半ほど赤ちゃんが生まれたあとの話や近況などを報告し合った。名づけは男の子の場合と女の子の場合で、これから考えるのだという。


二人はまた来ると言って帰っていった。帰り際、気をつけて、と言った。


子供が生まれる直前の、陣痛が始まるときの緊迫感はなんとも言えない。その時は私も支えよう、と小春は思った。でも、新しい生命に出会えた時は感動するものだ。


対面した時を想像すると、心にたまっていた塵がすべて消えていくような気がした。


そして私は私の人生を歩もう。残りの人生をなるべく幸福に過ごそう。


箱根へ行く計画を立てていると、夜になった。


家に再び固定電話が鳴り響く。


はいはい、と独り言を言いながら受話器を取る。


「もしもし? 母さん?」


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