気を付けてー天ぷらー 第六話
「天国では何を食べているの」
「なにも食べない」
「え?」
「いや、自炊できるしレストランみたいなところもあるんだけど、味があまり感じられないんだ。死人はお腹もすかないし、どうやら味覚もほとんどなくなるらしい」
「じゃあこの天ぷらは?」
「この食堂では生きている頃と同じ味覚で飯が楽しめると聞いてな。先ほど店主が言った通り基本、食べたいものは生きている人間しか選べないと聞いた。こちらからは選べないと聞かされている。それじゃあ、いただくとするか」
勝也は箸を持つと大葉を天つゆでつけて食べて、うまい、と大きな声で言った。
「小春もぼーっとしていないで食べろ。本当に久しぶりだ」
言われて慌てて箸を持つ。エビに若干の塩をつけ、口にする。温かくサクサクとした感触に顔が綻んだ。二口目からは白米と一緒に食べる。
「うまい。うまいな! 味覚が戻っている。生きている頃と変わらない」
勝也は心底嬉しそうな顔をして頬を膨らませている。
「本当においしいわね」
お店で食べる天ぷらは、どうしてこうも衣がサクサクとしていているのだろう。
家で作るとべたつくのに。もう、十五年作っていないけれど。
塩が染みた白米でさえおいしく感じられる。しばらくの間、無言で食べた。大葉も歯ごたえがある。店で使用されている食材はどれも高級品のように思えた。
「小春は俺の好きな天ぷらを選んでくれたんだな。思い出の一品に。ありがとう」
天国で、ちゃんと説明されるらしい。誰誰が会いたがっていて、思い出の品を一緒に食べられます。どうですか、と。
「そうね。天ぷらにはあなたとの様々な思い出があるから」
「二度目のデートの時も天ぷらだったな」
そうだ。結婚する前、勝也とデートをしたときに、夜何を食べるか迷った。奢るから俺の好きなものでいいか? そう言われて、後をついていって、天ぷらを食べた。
若い時はあまり和食が好きではなく、洋食ばかりに気を取られていたから、勝也と初めて食べる天ぷらも最初は気が乗らなかった。
だが、一口食べてみるとおいしくて止まらなくなった。今みたいに。
そうして現在は、和食や天ぷらのおいしさがよくわかる年齢になった。勝也と食べる
天ぷらは、やっぱり気分が高揚する。
「二度目なんてよく覚えているわね」
「こう見えて物覚えはいいんだよ。忘れたか?」
明るい口調で勝也は言う。
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