第8話 握手
うん……、まあ思い返せば、ちょっと勢い余ったことしちゃったよね。
ロマルゥ食堂2階の自室。
先程勢いで買ってしまった『猫』と一緒に、わたしはロマさんと対面していた。
部屋の古時計がこちこちと時を刻む。
はぁ、とため息とともに口火を切ったのはロマさんだった。
「それで……、衝動買いしてしまったと」
「いや、誠に面目ない……」
認めよう。
ちょっと小生意気な小猫をやりこめたくて調子にのったのである。
もちろん魔族のガイドが欲しかったのも本当だし、買ったこと自体に後悔はない。
「それで、ロマさん。この子、しばらくうちで飼ってもいいですか?」
「わたしを捨て猫みたいな言い方するのやめてもらえませんかね……」
ぼそりとつっこむリーシャ。
とりあえずそちらは置いておいて、まずはボスへのお伺いが先だ。
ロマさんは少々困り顔でため息をつく。
が、案外あっさりと頷いてくれた。
「まあ、わたしはべつにいいんだけどさ。あいにく空いてる部屋は一つだけだからね。手狭で悪いけど、共用にしてもらうしかないよ」
「それはもちろん!ね、リーシャ!」
ツン、とそっぽを向くリーシャ。
まったく、わたしの全力スマイルになんて仕打ちだ。
「こんの…!ほら、いい加減観念して仲良くしましょうねぇ!」
「いたたたたっ!?」
ぐににぃっ!とほっぺをつねると、餅顔のリーシャに逆側をつねられた。
「いててててっ?!このっ、年長者のお姉様になんてことを!」
「は?人間、おまえ歳いくつですか?」
「えっ……?あっ……」
しまった、墓穴掘った!こいつ大戦真っ只中の年代の魔族だった……!
「え、えっと……、さんじゅ……い、いや、きゅ、九十九?」
「ニナちゃん、賃貸契約の書類には16歳って……」
「あああああ!!」
したり顔で勝ち誇るリーシャ。
ロマは、やれやれと肩をすくめるのだった。
**********************
「それはそうと……」
ふと、ロマさんが思いついたように口を開く。
「あんたら少しの間、うちで働いてみる気はないかい?」
「え?」
「なに、旅立つ前の小銭稼ぎだと思ってさ。とくに急ぎの用ってわけでもないんだろ?」
まあ、たしかに期限とか切られたわけではない。
リーシャ購入と旅支度で大半の金は消えたから、手持ちの現金が増えるのは大助かりだ。
考えたくはないが、旅の途中で路銀が尽き、現地で仕事を探して食い繋ぐ、なんてこともあるかもしれないし、職の経験を積んでおくのも後々のためになるかもしれない。
ロマさんは続けて顎に手を当て、ふむ、と頷く。
「あんたら、容姿はなかなか見所あるからね。うちみたいな大衆食堂には良い花役になるよ」
「え?いやぁ、そんな、えへへ……」
まあ、そこまで言われると悪い気はしない。
「よし。やります!リーシャはどうする?」
隣でむっすり顔を決め込んでいる少女にせっつくように問いかける。
彼女はぴくりと頭の上の耳を動かし、ちらりとこちらを見る。
そして、「はぁ……」と盛大にため息をついた。
「……なんで、いちいちわたしにお伺いをたてるんですか。さっきも、今も」
さきほどよりもピリついた空気。
まごうことなき怒りと苛立ちを帯びた視線に、わたしは思わず息を呑む。
「首輪がある限り、わたしは隷属契約であなたを害せません。せいぜいつねりあげる程度がせきの山です。そんなわたしなんか、電流使うか力づくで言うことを聞かせればいいじゃないですか」
「……、それは……、仲良くしたいからで……」
「それならせめて、主人として奴隷に命令でもしたらどうですか?仲良くしてくださいって」
彼女の冷笑にも似た視線が、冷たくわたしに突き刺さる。
……それもそうだ。
首輪をつけさせて、仲良くしようも糞もない。
剣を喉に突きつけて、にこやかに挨拶してるようなもんだ。
けれど、我儘かもしれないが、それでもやはり、彼女とは今後とも上手くやっていきたい。
険悪なまま、心が離れていくのは嫌なのだ。
わたしは少し目を閉じ、ゆっくりと口を開く。
「……それじゃあ、主人として、あなたに命令します」
すぅ、と息を吸い込み、がばりと頭をさげ、
──全て吐き出した。
「わたしと、握手してください!!」
「……は?…………え?」
きょとんとしたリーシャの顔が視界の端に映るがかまわない。
「やっぱりリーシャと仲良くやっていきたいし、仲良くするならまず握手からかなって。結局自己紹介のときのはうやむやになっちゃったし」
あのときは結局、執拗な尻尾ガードにより握手すらできなかった。
けれど、歩み寄る気がなかったのは、お互い様だったのかもしれない。
意地になっていたのはこちらも同じだったと思う。
急ぐ必要はない。
なにも、今すぐ結果にたどりつく必要はないし、たどりつくのが旅の終点だって構わないのだ。
辛抱強く、且つゆっくり時間をかけて、仲良くなっていけばいい。
「あのときはムキになっちゃってごめん!だからせめて、最初の一歩だけ、どうかお願いします!」
頭を下げ、右手を差し出す。
リーシャは、一瞬固まったようにその手を見つめる。
そして、しばらくののち、「……はぁ」と再び大きく息を吐いた。
「自分の奴隷に頭下げるとかバカじゃないですか?」
「うっ……」
相変わらずの毒舌……。
やっぱりダメだろうか……。
「あなたと握手なんか絶対にごめんです」
だめかぁ〜………!!
「──ですが、まあ……」
「尻尾の先っちょくらいなら……、考えてやってもいいです……」
わたしの空の右手の上に、彼女の黒毛の尻尾の先が、ちょこんと置かれた。
ふわりとした感触。
思ったよりも温かくて、柔らかい。
「あ……」
これは一歩にも満たない歩み寄りだ。
けれど、半歩でも歩み寄ってくれた彼女に、わたしは嬉しさで頭がいっぱいになった。
「うう、ありがとうリーシャ!これからよろしくね!」
彼女は、ふん、と小さく鼻を鳴らすと、少しだけ頬を染めつつ言葉を返した。
「……よ、よろしくお願いします。……に、ニナさん……」
「名前呼んでくれたぁ!」
「いたたたた!尻尾振り回さないでください!千切れる!千切れますから!!」
******************
──その後。
「それじゃあ、二人ともここで働くってことでオーケーだね!仕事着は明日には扉の前に置いとくから。じゃ、明日からよろしくね」
「はーい!」
「え?いやわたし、そっちはまだやるなんて一言も……」
鼻歌混じりで部屋を出ていくロマさんの後ろ姿を、リーシャは呆然として見送るのだった。
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