第7話 リーシャ
大急ぎで、一度自室にとんぼ帰り。
たなぼたの10万ドリーを握り締め、再び奴隷商へと向かう。
最初から持っていけばよかったと思うが、まあ過ぎたことだ。
息を切らしつつ店に戻り、その勢いでマルコフさんに金貨袋をつきつける。
「これで、足りますよね?」
「まあ、足りますけど……、ほんとにいいんですか?」
「はい、わたしにも利はあるので!」
いくらわたしとて、まるで考えなしに購入を決意したわけではない。
これから向かうのは魔大陸だ。
必要なのは人のガイドではなく、信頼できる魔族のガイド。
この魔族の少女の案内があれば、いずれきっと役に立つはずだ。
決して、決して!勢いだとか、ムカついたから意趣返しとか、そんな子どもみたいな理屈ではない。
「で、では、お手続きをさせていただきますね」
マルコフさんの指示のもと、各種書類にサインする。
なかなか高い買い物だし、割引券もらっといてよかった……。
契約内容に関してはじつに単純だ。
奴隷の持つ、『すべての権利』を店から契約者に譲渡すること。
あらためて文章で見るとぞっとする話だ。
この店の奴隷は高価だし、せっかく高値で買ったものを酷く扱う購入者は少ないかもしれない。
だが、安く買われた物の末路は──、……いや、よそう。ここでわたしがあれこれ考えても仕方のない話だ。
「こちらが首輪の鍵です。隷属契約魔法により彼女には触れることはできませんが、一応管理にはご注意ください。それとこちらの魔装具をどうぞ。奴隷がいうことを聞かない時など、これを使って首輪に電流の魔法を流すことができますよ」
けっこう恐ろしいことをさらっと言いますね。
手のひらに収まる小型の杖?のようなものを受け取る。
軽く、小さいが、あまり頑丈そうではない。
なくさないようにしないとね。
「ああ、そこのダイヤル目盛りが強度、横のボタンが起動スイッチです。持ち主以外には使えませんが、一応紛失等にはご注意くださいね」
「はぁ、わかりました」
しかし、電流の魔法。
魔術にはてんで詳しくないから、そういうものもあるんだなぁ、くらいにしか理解が届かない。
シスターから、きちんと魔術のいろはくらいは学んでおくべきだったか。
「ちなみに、これってどれくらい痛いんですか……?」
「いやぁ、わたしも使ったことないのでなんとも。うちの子たちはみんな、聞き分けの良い子たちですからな」
マルコフさんは少し得意げにひげをいじりつつ、
「まあ、聞いた噂によると、全身同時に注射針打たれたくらいの痛みだとか」
ちょっと想像できそうなリアルなところをつくのはやめていただきたい……。
ひきつり顔のわたしを見て、マルコフさんは、無邪気に笑う。
「まあ、たまに癖になっておねだりするようになっちゃう子もいるらしいですよ。お仕置き用なのに困っちゃいますよね」
「えぇえ……?」
はっはっは、と可笑しそうに声を上げるマルコフさん。
うん、やはり教会に引きこもっているだけじゃわからないことだらけだ。
世の中は広いのだ。
********************
さて、支払いと契約を済ませ、再び猫耳魔族のところへ戻ってきた。
さっそくショウケースの側に近づく。
当の少女はぴくりと耳を動かし、さらに目を丸くした。
当然だろう。
追っ払ったと思っていた人間が、十分足らずで再びまた現れたのだから。
少し前屈みになり、尻尾をピンと立て、あからさまにこちらを警戒している。
まるで猫のそれのような反応に、わたしは少しだけ可笑しくなった。
マルコフさんはショウケースの扉を開き、彼女に外に出るよう促す。
無論、彼女は拒否モードだ。
マルコフさんは、これはどうも無理そうだと察すると、彼女の体を後ろからはがいじめで抱えあげ、なんとかかんとか箱の外へと連れ出した。
「えーと……、ふ、普段はもう少し聞き分けの良い子なんですけどね……!ほら、今日から彼女がキミの主人だ。ごあいさつをして」
猫耳少女はマルコフさんの『主人』という言葉に一瞬だけ反応したものの、すぐに、ぷい、と顔を背ける。
相変わらず愛想のかけらもない反応だ。
まあ何事も、辛抱強く、継続が大事だ。
シスターだってことあるごとにそう言っていた。
わたしは諦めず、彼女に微笑みかけ、挨拶を続行する。
「わたしニナっていうの。あなたの名前、教えてくれる?」
差し伸べた手を、ペシッとしっぽではたかれる。
「……。えっと、名前……」
ベシッ!
「………なまえを……。」
ビシィッ!
「………な……」
ビシッ!バシッ!ビシィッ!
「…………………。」
ぐりぐりっとダイヤルを最大にし、ぽちっとな。
「んに゛ゃに゛ゃに゛ゃに゛ゃっ!!?」
おー、これが電流魔法か。なかなか強力。
しばらく地面でぴくぴくしていた猫耳少女は、ブチ切れモードでがばりと顔を起こす。
「何すんですかこのクソ人間!!?」
「おー、ようやく喋ってくれたねぇ。で、お名前は?」
「ふん、人間なんかに教える名前はありません」
「ほう……?癖になるまでお仕置きしてやってもいいんだが?」
「うっ……」
猫耳少女は渋々といった様子で起き上がり、
「……リーシャです」
と、しかめっつらで名前を吐き捨てた。
「リーシャちゃんか。今後ともよろしくね」
「誰がよろしくしてやりますかこのクソ人げ──」
にっこり。
「……よ、よろしくお願いします、です……」
とりあえず挨拶は完了。
じつに不満そうだが、まあおいおい仲良くなっていけばいいか。
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