第6話 猫


「よし、だいたいこんなもんかな」


 引っ越しの時に使ったリュックはぱんぱんだ。

 ロマさんに言われた通り、必要そうなものはだいたい噴水広場周辺で間に合った。

 もちろん、わたしは旅初心者であるし、遠出の経験すらほとんどない。


 正直足りていないものが何かすらわからない。

 なので、今後思いついたら買い足していくとしよう。


「あとはマルコフさんの忘れ物を届けなきゃだけど……」 


 一度噴水広場中央に戻り、ぐるりとあたりを見渡す。


「ああ、あれだあれだ」


 ひときわ上品そうな装丁の店が一軒。

 雑多な商店の間に挟まれ、そこだけ別区画のように目立っている。

 ロマさん曰く見ればわかるとのことだったが、思いのほかその言葉は的を得ていた。

 まるで貴族様御用たしの宝石店か何かかと見間違うような店構えだ。


 あんな上等そうなお店、わたしなんかが入って大丈夫か?

 笑われたりしないよね?


 とりあえず、おそるおそる扉をあけ、店内に半歩だけ侵入する。


「す、すいませーん。マルコフさんいらっしゃいますか……?」


 うおぉ、すげぇ……。

 思わず心の声が漏れそうになり、慌てて口を塞ぐ。

 

 まるで高級ホテルのロビーのような玄関口だ。

 敷地上広くはないものの、たしかな上品さと重厚感を感じる。

 わたしが呆然としていると、受付嬢らしき美人さんが、少々お待ちください、と丁寧に対応してくれた。

 

 しばらく隅っこで小さくなりながら待っていると、奥から一人の恰幅の良い太めの男性が姿を現した。


「はいはい。わたしがマルコフです。どちらをお求めですかな?」

「ああ、いえ。ロマさんの使いで、忘れ物を届けにきました」


 預かった鍵束を見せると、彼は目を丸くする。


「ああ、食堂に忘れていたのか!本当にありがとう!しかもわざわざ届けてくださるとは……!」


 奴隷商、と聞いて薄々察してはいたが、おそらくあれは『仕事道具』だ。

 首輪だか手錠だか知らないが、そういった拘束用の小道具なのだろう。

 わりと一般的な職ではあるし、職業に貴賎無しともいうが──。

 正直、あまり関わり合いになりたい業者ではない。


 彼はひとしきり喜びの声をあげたあと、わたしのほうへ向き直る。


「ぜひ、お礼の品をさしあげたい!店内の様子でも見ながら、少し待っていてもらえないでしょうか?」

「いやいや、この程度のことでそんな……」

「金一封と奴隷割引券、どちらがよろしいかな?」

「金一封で!」


 もらえるものはもらっておく。

 それがわたしの性分である。

 ケチくさいとか言わないように。

 


***************


 待ち時間を潰すため、受付嬢に連れられて店の奥へと進む。


「へぇ、こんな感じになってるんだ」 


 外観から宝石店をイメージしたのは間違っていなかったかもしれない。

 まず目につくのは、通路両脇に沿ってずらりと並ぶ等身大のショウケース。

 その中に着飾られた奴隷たちがおしとやかに立っている。

 たとえていうなら、服屋のマネキンと言ってもよいかもしれない。


 異なるのは、それが生きた人間であるということ。

 そして、その首にはぼってりとした頑丈そうな鉄の首輪がついていることか。


 みな身なりの良い服を着せられ、肌色もよいことから、扱いは丁寧だとわかる。

 だが、自由を与えられていないことは事実であり、可能な限り不自由ではない、と言い換えた方が正しいだろう。

 少なくともわたしが同じ立場になるのは御免こうむりたい。

 

「お待たせしました。どうですかな?うちのはなかなか良いのが揃ってると思いますが」

「なんていうか、奴隷ってもっと酷い扱いなのかと思ってました」

「ははは。まあ、そういう店もなくはないですね。でも、あなたなら、小汚くて不健康そうな商品を手元に置きたいと思いますか?」


 なるほど。そういう考え方も一理あるか。

 たしかに競合と差をつけたいなら、値段を下げるか質を上げるしかない。

 奴隷の場合は持ち主のステータスにも直結するし、多少高くても後者を選ぶ客の方が多いのかもしれない。

 

 あらためて少しだけ興味をひかれ、わたしは目の前に続くガラス箱の行列を眺めて行く。


「あれ?この子……」


 ──魔族。

 ずいぶん小柄な子だ。

 頭の上から飛び出ている猫のような耳は、獣人種だろうか。

 長い黒髪の上にぴょこんと飛び出したそれは、わたしの接近に気付きぴくりと動く。

 こちらの会話は聞こえていないはずだが、おそらく癖のようなものなのだろう。

 さらに近づくと、今度はあからさまに視線を逸らされた。

 あれ、なんか嫌われてる……?


「ああ、その子ですか」、とマルコフさんは目ざとくこちらの視線に気付き、ふむ、とあごを撫でる。

「先の大戦時には魔族も多く捕虜になりましてな。戦争が終結してからはそういう話も聞かなくなりましたが、彼女はいわゆるその大戦時の売れ残りです」


 てことは、少なくとも年上か……。

 身長はわたしより頭一つ分は低いし、言われなければそこらを走り回っている子供たちと同年代に見える。

 うん、胸もわたしの勝ちだ。


 どうでもいい優越感にひたるわたしをさておき、マルコフさんは言葉を続ける。


「まあ、こうしてペットショップの犬猫のように扱われるのは気の毒だとは思いますがね。こちらも商売ですから。せめて少しでも良い客に買われていって欲しいものですが……やはり魔族は恐れられていることもあり、なかなか難しいですね」


 彼は、猫耳魔族のショウウィンドウをさらりと撫でる。


 可愛らしい顔だちしてるのになぁ。

 たしかにちょっと愛想が悪いとは思うけど。

 まあ、おそらく緊張してるのだろう。こういうときは、こちらから優しく接してあげれば、わだかまりも緊張も溶けるというものだ。


 わたしは彼女に対し、最上スマイルでにこりと微笑みかける。


 彼女は、べぇ、と舌を出すと、ぷいと顔を逸らした。


 こっ、コイツっ……!!


「まあ、彼女はほら、性格も、ちょっとアレでして……」

「……マルコフさん。さっきの金一封、割引券に変更してもらってもいいですか?」

「?構いませんが……」

「わたし、こいつ買います」

「ええぇっ!?」


 マルコフさんの戸惑いの大声が、店内に響き渡っていった。

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