第35話 ボーイッシュ幼馴染の全脱ぎ
「ふー、食った食った」
「よかったのかな……俺が食べちゃって」
「いーのいーの! 元はと言えば善が買ってきてくれたんだし」
食事を終え
夕飯は、善がお見舞い(実際は仮病だったわけだが)に買ってきたひつまぶし弁当を食べた。
精もつくし、仲直りのために少し豪勢なものを献上しようと選択した品である。翼からは「女の子のお見舞いにひつまぶして」と笑われてしまったが。
翼の両親には以前、体育祭でお弁当を振る舞ってもらった礼もある。
お返しで家族三人分買ってきたわけだが……結局自分が食べることになってしまった。
そんな翼の母親と言えば、
「やっぱお母さん今日帰って来れないって。善によろしくって言ってた」
「そうかぁ……」
電話のため席を外していた翼からの報告を、善は冷めた顔で聞いた。
なぜなら彼女が母親と連絡を取っている最中、
『……うん、うん。えっ⁉ 頑張って帰ってくる⁉ ダメダメ! お願いだから帰ってこないで! 違うの、そうじゃなくて実は今うちに善が……ごにょごにょ……ってわけだから! 一生のお願い!』
なんていうやり取りを聞いてしまったからだ。
善の方から翼の母へ、この雨の中でもなんとか帰って来てくれなんて言えるはずもなく。
結局今晩は、この家で翼と二人きりになってしまったわけである。
「善~。これで二人っきりだね♡」
「お前は……」
ソファでスマホをいじっていたら、翼が善の太ももにこてんと頭を乗せてくる。
……さっきからずっとこの調子だ。
翼は完全にデレデレ状態。
もう反応するのに疲れてきて、善は膝枕に夢見心地でいる彼女の頬をぺちぺちと叩いた。
そうして穏やかな時間が過ぎ、そろそろ風呂に入ろうという頃合い。
「じゃ、悪いけど一番風呂もらうな」
「はいよ、ごゆっくり~」
翼の厚意で善は先に脱衣所に向かった。
制服を脱いで風呂場に入り、今日一日かいた汗をシャワーで流す。
「ふぅ……」
髪に指を通しながら考えるのは、先ほどの告白の返事だ。
(翼と付き合う……かぁ……)
善はこれまで、翼を「友達」の枠組みに当てはめて接してきた。
確かに再会して女性的な魅力を身につけた翼に、劣情を抱いたことはあった。だがそれでも何とか理性を保ち、彼女とは適切な距離感を保ってきたのだ。
――自分が欲に溺れて関係を見誤り、翼と友達でいられなくなるのは嫌だったから。
善は翼を大事な友達だと思っている。それは間違いない。
だが恋人として見るとなると……どうなのだろう?
善としては翼と仲直りしたかっただけなのだが、予想外に話が行き過ぎてしまった感じがする。
「どーうすればいいんだろうな~……」
なんて呟きながら身体を洗い終え、湯船に浸かる。
すると浴室のすりガラス越しに、翼の人影が見えた。
「善―。着替え用意したよー」
「おーう。ありがとー」
着替えは持っていなかったため、今日は翼の父の服を借りることになっていた。
旅行のノリで買ったはいいが、柄がダサすぎて一度も着ていないとのこと。どんなものが出てくるのかな……なんて想像していると、
(ん……? 翼のやつ、まだ脱衣所いるのか?)
扉一枚隔てた向こう側で、翼が何やら妙な動きをしていた。
流石にこの状況は居心地悪いからさっさとリビング戻ってほしいものだ。
そんな風に思っていたら、ガラッと急に浴室の扉が開いた。
そこにいたのは――
「な、な、な……」
「おーっす。善! 一緒に風呂入ろうぜ!」
素っ裸の翼だった。
「何で入って来てんのお前⁉」
「何って、好きな人がお風呂入ってたら覗くなり侵入するなりするでしょ」
「なんだその漫画でしか見ない男子学生みたいなマインド……って待て待て! 身体洗うなら俺出るから! 頼むから前隠すなりしてくれ!」
善は翼に背を向けながら必死に訴える。
風呂の温度と恥ずかしさで頭が沸騰しそうだった。
――ついさっき視界に入ってしまった一糸まとわぬ翼の姿。
柔らかそうな白い肌に、キュッと絞られたウエスト。
そしてサラシから解放された――歩くたびにぷるんと揺れる大きな胸。
……下に目が行かなかったのはある意味幸運だったのだろう。
善はそんな彼女の裸体を何とか頭からかき消そうとするが、翼は無慈悲に告げる。
「あたしもう、善に対して自分の気持ち隠さないって決めたもん。それに、今出てってもいいけど脱衣所には服ないよ? 制服もあたしが隠しちゃったから」
「おま――⁉」
さっき何やらゴソゴソやっていたのはこれだったのか。
翼はケラケラと笑いながら、
「マッパで帰りたくなかったら、あたしと混浴することだね」
「マジか……」
善の深いため息が水面を揺らした。
背後で身体を洗っている翼の気配を感じながら、やがて。
「ふう、っと。じゃ、お邪魔しまーす」
「こ、こっちにも入ってくるの⁉」
「当たり前じゃーん、善と一緒に入りたいんだもんっ。ほら、スペース開けて」
「あ、あ……」
そうして翼は、浴槽で体育座りをして丸くなっている善を、後ろから抱きしめた。
「んふふー。ぜ~ん♡」
「うおおぉぉ⁉ つ、翼さん⁉」
ふよん、と背中に広がる柔らかな感触。
首には手を回され、背後の翼から「もう逃がさない」と言わんばかりにがっちりとホールドされた。
めちゃくちゃに動揺しつつも、善は努めて冷静に訊く。
「な、なあ翼……俺らの関係性って今のところ、普通の友達同士だよな?」
「そうだよ?」
「じゃあこの状況ってお前どう思うよ?」
「んー? 超仲が良いお友達?」
「ああそっか、確かに仲良かったら一緒に風呂入って裸で抱き合うことだって――んなわけあるかーい!」
「あははははっ! 善がおかしくなってる!」
こんな状況にもなれば、思考がめちゃくちゃになってノリツッコミの一つや二つも出ようというものである。
なんたって、後ろから全裸の幼馴染が抱き着いてきているのだ。
豊満な翼の胸はむっちりと善の肌に吸い付いてくる。
以前翼をおんぶした時、同じような感触を味わったが……服越しとは比べ物にならない。
それに心なしか背中の二点に突起のようなものが当たっていて――
バチン! と両手で自らの顔を張り、善は必死に剥き出しになりそうな欲望を堪える。
「翼……も、もうよくない?」
「ダメ。善があたしとエッチしたくなるまで止めない」
そして彼女は、善の耳元で淫靡に囁く。
「ねえ、善。あたし、善とだったらしていいよ。あたしと付き合ったら、善がしたいって思った時いつでも応えてあげる。……家近いしお互い親は共働きだしさ。放課後とか、休日とか、やろうと思えばいくらでもできるよ」
言って、翼が自らの胸をこすりつけるように身体を上下に動かした。
細く白魚のような彼女の指が善の腕をなぞり、それは肩を伝って善の唇に触れる。
ふぅ、と艶やかに吐かれた息は首筋を撫で、全身がゾクゾクと震えた。
そんな翼の誘惑に思わず唾を飲み下しつつも――善はこう答えた。
「……ごめん」
そうして、翼の手をゆっくり下ろさせる。
背後で彼女がムッとするのがわかった。
「善、あたしのこと嫌い?」
「そ、そういうんじゃないんだ! お前のことは……友達としてなら大好きだし……」
「なら、あたしとエッチしたくない?」
「そ、それは……」
口ごもる善。
思考の余地を与えようということか、翼は少しだけ身体を浮かした。
善はためらいを覚えつつも、正直に話す。
「したい……気持ちは十分にある」
「~~~――っ! ぜ~~~ん♡」
「おわぁっ⁉ お、お前これ以上くっつくな!」
「何でだよ~! 善だってあたしとしたいんじゃん!」
感極まって立ち上がった翼に抱きつかれたせいで、その大きな胸が後頭部を挟んだ。
善は自らの下半身だけは絶対に見せまいと、膝を抱えて抵抗する。
「そ、そうだけど……でも、俺はもう少しお前と友達でいたいんだ。俺のわがままで悪いけど、俺はまだ翼と恋人同士になるっていうのがあまり想像できないんだよ」
このまま翼の告白をオーケーしてしまったら、また
恋愛のスイッチが入っていないのだ。
善の方が、まだ翼に対して友情や性的な欲求を抜いた『純粋な恋愛感情』を抱けていない。
きっとこんなのは、他の人に言わせれば潔癖なんだろうと思う。
――『とりあえず良い感じの子がいたら付き合ってみて、ヤれそうだったらヤらせてもらって、どんどん経験積め。映画や漫画みたいなトゥルーラブなんて信じるな。でないとお前、一生童貞のままだぞ』
高校入学前、姉の
遊びと性に奔放な彼女は、善や
……そのせいで、二十代前半ですでにバツがついているのだが。
だけどそんな刹那の忠告を受けながらも……善は少しくらい、その『トゥルーラブ』とやらを信じてみたかった。
自分が心から愛したいと思える相手と出会って、向こうも同じように自分のことを愛してくれて。
そんなフィクションのような関係性に憧れていたのだ。
「だから……ごめん。少なくともはっきり答え出るまでは、お前とはそういうことできない」
善が真剣な声音で言う。
すると、翼は大仰にため息をついた。
「ちぇ~。このチャンスに寝込み襲って無理矢理にでも告白オーケーしてもらおうと思ったけどダメか~。善がそういう感じなら意味ないもんね」
そうして翼はザバッと湯船を出て、
「安心してよ、善。今晩、あたしの方からはキスもエッチもしないから」
「お前そんなこと考えてたの……いやまあ、俺も危惧はしてたけど……」
「んふ、でも善の気が変わって襲ってくれるなら大歓迎だよ♡ あたしもとびっきりエロい恰好して善のこと誘惑しちゃうもん♡」
「……だからって風呂出てもずっと全裸ってのはナシな」
「おっけ、そんなら善からエッチしたいって言わせられたらあたしの勝ちね! この勝負絶対負けないから!」
「お前何でも勝負にしたがるよな……」
そう嘆息しながら、善はこの夜をどう乗り越えようか対策を考えるのだった。
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