第34話 ボーイッシュ幼馴染と嵐の夜に

(え……今こいつなんて……?)


 つばさの台詞に、今度はぜんが呆ける番だった。

 善は恐る恐る、彼女のその真意を聞く。


「えっと……翼さん……? それってあれだよな? 俺のことを、友達として好きって意味で――」

「普通に異性としてだけど?」


 あっけらかんとそう言われ、善は立ち尽くす。


「翼が……俺のことを?」

「うん!」


「好きなの……?」

「うん!」


「異性として……?」

「うん!」


 全てに満面の笑みを湛えた肯定が返ってきて、善はますます混乱する。

 頭の中で無数の未来や可能性やはじき出され、脳がショートしかけていたところに、


「ぜーん! 好きぃ!」

「なに……ぐふっ⁉」


 翼がお腹に飛び込んできて、善はうめき声を上げた。

 二人はそのままドシン! とフローリングの床に倒れる。


「んふふー。やっと伝えられたよ、あたしの気持ち!」

「おお、お前急にどうしたの⁉」


 顔中に喜色を浮かべて胸板に頬ずりをしてくる翼と対照的に、善は困惑しっぱなしだ。


「急じゃないよ! あたし善のことずっと好きだったんだから」

「ええ……マジ?」


 衝撃の事実に善は眉をひそめる。

 翼はずっと、自分のことを「友達」としてしか認識していないと思っていたのに……。


「てか、善が察し悪すぎなの! あたしがずっと好き好きオーラ発してたのに気づいてくれないしさぁ!」

「お、お前がいつ好き好きオーラ発してたんだよ!」


「善の家行った時とか! 水族館行った時とか! その他もろもろ!」

「はあ? そんなの……」


 言われて、少し過去を遡ってみる。


 そういえば……いつだったかを境に、翼のスキンシップが多くなった気がする。

 恥ずかしいことを言わせたり、普段と違う私服で善をからかってきたりしたことだって――


「あ! あ、あー――……」


 善は推理小説の終盤を読んでいる時のように、妙に腑に落ちた気持ちになった。


「つまりその……あれだ。お前がしてきた妙ないじり方が、俺に対する……」


「そういうこと! あの時はまだ恥ずかしくて直接的なことはできなかったけどぉ……もう好きって言っちゃったもん! これからはガンガンアプローチしていくから!」


「うわっ⁉ ちょ、お前くっつくなって! は・な・れ・ろ!」


「やだよーだ! んー善のお腹のにおいぃ~♪」


「どういうフェチしてんだお前⁉」


 そうしてしばらく発情期の猫みたいに甘えてくる翼と格闘する羽目になった。

 善の身体にしがみつき、やたらとにおいを嗅いでこようとする翼を必死で引きはがす。



 ようやく彼女を落ち着かせた善は、カーペットの上で正座する。

 そしてコホンと咳払いをして、


「ええと……状況を整理するとだ。翼が告白してきたってことは俺、それに対して返事しなきゃいけないんだよな?」


「うん。『ハイ』か『イエス』か『翼……愛してるよ』の三択で答えて」


「逃げ場ないじゃん⁉ なんだその選択肢⁉」


 ツッコむと、翼は「あははっ」と快活に笑う。

 そして少しだけ神妙な面持ちになると、


「ま、どんな結果でもとりあえず受け入れる気でいるからさ。今の善の気持ちを答えてよ」

「気持ち……って言われても……」


 まさかこうなるとは思っていなかったので、どう答えたらいいかまったくわからない。

 翼はドキドキしたような顔で善の言葉を待っていた。


 ……無言のまま過ぎる時間が善を焦らす。

 この状況があの体育祭の時とデジャヴして――善はこんな返答をした。



「い、一旦保留でいいか?」



「はぁ~~~?」


 翼は思いっきり不服そうな顔をした。


「ごめんって! でも仕方ないだろ。俺自身、その……翼に恋愛対象として見られてるって言われて戸惑ってるんだ。前に花恋かれんさんから告白された時は、よく考えないで返事してあんなことになっちゃったし……」


「むぅ……まあ真剣にあたしとのこと考えてくれるって言うならいいけどさ」


 言って、翼は口を尖らせ、


「でも、それなら善はあたしの告白に答えるのを最優先して。保留にしてる間、他の人に告られても返事しちゃダメだかんね!」


「お、おう……まあそんなホイホイ告白されることなんてないだろうけど……」


「どーだか! 毒島ぶすじまさんの時だって、あたしが告白のタイミング伺ってた時に先越されちゃったんだし」


 鋭い目を向けられ、善はなんとなく「ごめん……」と謝った。


「まあ、そういうわけだからこの件は一度家に持ち帰って……」


 と、善が言いかけたその瞬間だった。



 ピシャアッッッ!



 突如鳴り響いた轟音に、二人はビクン! と飛び上がる。


「なな、なんだ⁉」

「うわ、外すっごい雨……!」


 告白の衝撃でまったく気づかなかった。

 暗くなった空にはいつの間にか重い雲が立ち込め、窓サッシを大粒の雨がベシベシと叩いている。


 七月初頭のこの時期。

 今年の梅雨は例年より雨が少ないと気象予報士が話していたが、今夜は大雨の予報となっていたのを忘れていた。


「あちゃ~……そういや俺、傘持ってないや」

「いいよ、それくらいあたしが貸して――」


 と、翼は言いかけて。


「ううん、善! こんな雨じゃ帰るの大変だよ! 今日はうちに泊っていきな!」

「ええ……いいって。親御さんに迷惑だし、走って帰ればなんとかなるから」


「うちのお父さんこの間から出張行っちゃったし、お母さんもこの雨じゃどっかビジホ泊ってくるだろうから平気だって! それに走ったってこの雨じゃずぶ濡れになるよ!」


「で、でもうちで久遠くおんが待ってるし……」


 もそもそと言い訳するように呟いて、善はもう一度窓の外を見る。


(だって、告白してきた相手と一晩過ごすなんて気まずすぎるだろ……)


 翼は何だかハイになっているし、自分の気持ちもまだあやふやだ。

 ここは一度、家で座禅でも組みながら真剣にこのことを考えたい。


 そう思って身内を理由に出したのだが……これが失敗だった。


「あ、もしもしくーちゃん? うん、あたし。実は今、善がうちに来ててさぁ――」

「お前何してんの⁉」


 目を離した隙にはもう、翼はスマホで久遠と通話していた。

 やがて彼女は「おっけー。善と変わるね」と繋がったままのスマホを渡してくる。

 善は怪訝な顔をしながらもそれを受け取り、


「も、もしもし……久遠? 俺だけど……」

『善くん、いま翼ちゃんのお家にいるようですね』


「ああそうなんだ。でもちゃんと帰るから――」

『いけません善くん。今日は翼のお家に泊めてもらいなさい』

「なんで⁉」


 謎の身内の裏切りに、善は瞠目する。


『せっかく翼ちゃんが泊めてくれると言っているのです。乙女の厚意を無碍にするのは、男子として褒められたものではありませんよ』


「で、でも近いんだしわざわざ泊まらなくたって……。ほら、今日うちに久遠しかいないでしょ? 一人で不安じゃない? 雷鳴っても大丈夫?」


『ぜ、善くんわたくしをバカにしていませんか⁉ わたくしだって立派な大人なんですから雷くらい、』


 瞬間、空がピカッと光った。


『ひゃうぅっ⁉』

「……ほら、言わんこっちゃない」


 久遠は昔から大きな音が苦手なのだ。

 いつも雷の日はベッドにこもってカタツムリみたいになっているのだが、


『だだだ、大丈夫ですこれくらい……親族にパリピが増える危機に比べたら何とも……』

「え? どういうこと?」


『な、何でもありません! ともかくわたくしは大丈夫なので善くんは翼ちゃん家でご厄介になってください!』


 何故か久遠は頑なな態度を崩さない。

 どう説得したものかと思っていると、


『それに善くん……通学に使っているローファー、わたくしがプレゼントしたものですよね?』

「え……? う、うんそうだけど……?」

『それ、イタリアンレザーを使ったブランド物ですよ。お値段は確か――』


 そうして久遠が告げた金額に、善は仰天した。


「はぁ⁉ そんなするの⁉」


 普段使いしていた靴がそんな高額な品だったとは。

 久遠たち洋服のプロから言わせたらまだまだ序の口なのだろうが、高校生からしたら十分大金だ。


『善くんなら、本革製品をこの大雨に晒したらどうなるかわかるでしょう? プレゼントしたのですからどうしようが勝手ですが……雑な扱いでシミだらけにされるのも癪です。何なら後で代金を請求することだって――』


 脅すような彼女の口ぶりに、善はついに根をあげた。


「あーもう、わかったよ! 今日は翼の家に泊まるから!」

『それでいいのです。では、頑張ってくださいね』


 そうして姉との通話は終了した。

 スマホを返そうとすると、翼は勝ち誇ったような顔をして善を見ていた。


「一応聞くけどさ……お前、なんか久遠と癒着してない?」

「えー? 別にあたしとくーちゃんはただ仲良しってだけだけどー?」


 ニヤニヤしている翼を見るに、善の推論は恐らく当たっているのだろう。

 ともあれ、


「そういうことなら早速夕飯の準備しないとね! 今日はお泊り会だ!」


 ウッキウキの翼と対照的に、善は首をもたげてため息を吐く。


「俺、今日無事でいられるかな……」


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