第30話 ぼっち高校生の逆境と決意
デートから数日が経ったある日。
『ごめーん!
と
文芸部の活動は地味なものだ。置いてある本や、持参したラノベを黙々と読むだけ。部室に他の部員はおらず、顧問すら見に来ることはない始末である。
そんなわけで善は一人、本を読んで放課後の時間を潰し頃合いを見て部室を出た。
「……よし、行くか」
職員室に鍵を返して、向かったのは校門前。
善は今日、
――前回のデートを経て、善は改めて花恋との関係を見つめ直すべきだと思った。
恋愛と呼んでいいのかすらわからないこの曖昧な関係のまま、彼女と交際を続けていいのだろうか。
そうは思うが善には恋愛経験などないし、そんなことを気軽に相談できる友達もいない。
唯一クラスメイトの男子――
というわけで、善に残った相談相手は翼だけとなったわけだ。
翼とは以前「もう一緒に帰るのはやめよう」と言われてしまったが、これはたまたま帰り道が同じになってしまうだけだ。地元が一緒で、帰る時間も同じなら、二人で帰るのも不自然ではないだろう。
そう自分に言い訳をして、善は校門の前に立ち翼が来るのを待った。
気になったのは、途中、すれ違う生徒たちの中に、こちらを見て胡乱な顔をしている者がちらほらいたことだ。
(な、なんかすごい見られてるけど……俺、なんか変な恰好してるのかな?)
そんな風に頭にハテナマークを浮かべていると、やっとお目当ての人物が視界に入った。
「あ! おーい、翼!」
遠くにいる翼に手を振る善。
しかし向こうで何人かの女子に囲まれている翼は、神妙な面持ちで周りの生徒と顔を見合わせていた。
やがて彼女はスタスタとこちらに向かって歩いてきて、
「なあ翼、今日は――」
「……」
すっ、と善の横をすり抜けた。
「……は? え、ちょっと翼⁉」
慌てて振り返るも、すでに翼は走り出している。
そうなったらもう、陸上部期待のホープを追いかける術はなかった。
「嘘だろ……」
無視。
明確すぎるその拒絶反応を受けて善が愕然としていると、一人の女子が声をかけてきた。
「君、
先ほど翼と一緒に歩いていた女子の一人だった。
「え、で、でも俺はただ幼馴染と一緒に帰ろうとしただけで……」
「知ってるよ。でも君もう彼女いるんでしょ? もし今度やったら付きまといってことで生徒指導に相談するから」
「そんなっ……」
反論しようとするも、彼女は鼻を鳴らして去ってしまう。一緒にいた女子たちも、
「ほんとないわ」「今更どういうつもり?」「女の敵め」
と冷たい視線を浴びせてきた。
善は呆然としてその場にしゃがみ込んだ。
思いがけないダメージに、立っていることができなかった。胃がぐるぐると逆流する。突如降ってわいた罪の意識に、頭をかきむしりたくなる。
「俺は……一体何を……」
そう呟いた――次の瞬間だった。
「愚かね。あまりにも滑稽な光景だったわ」
頭上から聞こえた声に顔を上げる。
そこにいたのは、理知的な瞳をした女子生徒だった。すらりとスレンダーな体格で、一つ結びにした髪が風に揺れている。校章を見るに三年生だ。
そんな彼女の顔に、善は見覚えがあった。
たしか何度か会ったことがあるはずだ――そう思って記憶の海を探り、
「あ! 前にカフェで俺のこと帰らせた……!」
「ご名答。陸上部副部長の
*
十五分後――。
善は真智と共に、カフェ『パンタシア』を訪れていた。
「一応だけど、あなたのお名前を聞かせてもらってもよろしいかしら」
「……えと、水沢善……です」
善は答えながらも、(どうしてこうなったんだ……?)と、思わずにはいられなかった。
なぜ自分は、先ほど知り合ったばかりの先輩に連れられて、こんなところでお茶なんかしているのだろう。
「あなたたちの関係性は聞いているわ。幼馴染だそうね」
「はい。小学生の時から仲が良くて――」
そうして、善は翼との馴れ初めや関係性を軽く真智に説明した。
真智は相槌を打ちながらその話を聞き、やがて本題を切り出してくる。
「で、今日あなたはどうして佐藤に会いに来たの?」
「えと……翼に、今付き合ってる彼女のことで相談したかったんですけど……」
「ふむ? その相談の内容、詳しく訊こうかしら」
身を乗り出して傾聴の姿勢を取る真智に、善は滔々と語る。
「実は今の彼女と、どう付き合ったらいいか悩んでたんです。向こうは俺に好意を寄せてくれてるらしいんですけど、俺自身彼女のことをどう思ってるかわからなくて……。付き合い始めたのも、彼女から告白されて断り切れなかったからですし……」
言うと、真智は目を丸くして善のことを見つめた。
「あなた、想像以上のクソ野郎ね。これからあなたのことはクソ沢くんって呼んだ方がいいかしら。それともここは名前から考えて……
「どう? じゃないですよ普通にお断りです!」
「そう……いいあだ名だと思ったのだけれど……」
本気でしゅんとしている辺り、善は本気でこの先輩のことがわからなくなってきた。
「流れは大体理解できたわ。……それで、水沢くんはなんで佐藤に逃げられたかわかる?」
「えっと……俺と帰ってるところを見られたら浮気扱いされるからでしょうか……?」
その言葉に、真智は「……あなた想像以上にボンクラね」大仰にため息をついた。
「私からあまり踏み込んだことは言えないけれど……佐藤が怒っているのは、水沢くんに彼女ができたからでしょうね」
そう言われ、善は「はっ」となった。
「それってまさか、弱虫だ軟弱だってバカにしてた俺が先に恋人作って先越されたから――って痛い! 脛はやめてください脛は!」
ジト目の真智にテーブルの下で脛を蹴られ、善は必死に懇願する。
「はぁ……なんで男の子ってみんなこうなのかしらね」
「……? ええと、なんかすみません」
遠いところを見ている真智に、善はとりあえず頭を下げておく。
「ねえ、一つ確認しておきたいのだけど、水沢くんは佐藤のことをどう思っているの?」
「え……どうって普通に友達ですけど……」
言うと、真智は沈痛な面持ちで額に手をやった。
「(……だからもっと素直なアプローチをするようにって言ったじゃない……)」
「? 何か言いました?」
「いいえ。何でもないわ」
何やらブツブツ呟いていた真智だったが、善が訊くと白々しい様子でティーカップに口を付けた。
そして彼女は冷ややかな半眼をつくると、こう言ってくる。
「あなたの彼女って、一年の
「し、仕方ないってそんな……」
「ねえ水沢くん、あなたは『彼女』を取るの? それとも『友達』を取るの?」
「な――っ⁉ そ、その質問は残酷じゃないですか⁉ だって翼は俺の大事な友達で……」
「この世ってかなり残酷にできてるの。誰かを選ぶということは、往々にして誰かを捨てることと同義よ」
「……」
その言葉に、善は胸を引き裂かれるような感覚を覚えた。
「捨てるとか……そういうつもりはないんです。俺はただ、今まで通り翼と友達関係を続けられたらって……」
「友達ってずいぶん都合の良い表現よね。あなたはそれでいいのかもしれないけど、毒島さんはあなたと佐藤の関係性を許しているの? 私が知る限りでは、彼女を差し置いて他の女と二人きりで会うことは『浮気』と言うのだけれど」
「ぐ……」
言われてみればそうだ。確かに今日の善の行いは、花恋からしたら裏切りに繋がりかねない。
罪悪感に奥歯をかみしめつつ、善はしばし無言のまま熟考した。真智も口を挟むことはなかった。
二人の間に沈黙が降りる。他の客たちが出す雑音や、BGMとして流れている洋楽がやたらと頭に響いた。
やがて――
「俺は……正直、恋愛とか誰かを心の底から好きになるっていうのが、未だによくわかってないんです。そのせいで、こうやって翼にも花恋さんにも不義理を働いてしまったわけなんですけど」
ゆっくりと顔を上げ、善は決意のこもった声音で言う。
「だから俺は――ちゃんと選びます。先輩の言う通り、何を捨てて何を選ぶのかを」
「なら聞かせてもらおうかしら。あなたにとって一番大事なものは何?」
「それは――……」
そうして、善は真智に自分の考えを伝えた。
たどたどしくも赤裸々な善の想いを聞いた真智は、ティーカップを置いて脅すように言う。
「そう。あなたがそうしたいなら止めないわ。……でも、動いてしまったものを元に戻すのってきっとものすごく大変よ。下手したら学校のほとんどの人から嫌われてしまうかも」
「それは……そうかもしれません。けど、大事な人と離れたり傷つけてしまうより、俺一人が傷ついた方がまだ納得できるので」
へらっ、と頭をさすりながらの善の言葉に、真智はしばらく黙っていた。
けれどやがて息を吐いて、
「……まあ、そういうことなら止めないわ。動向が知りたいから、あなたの連絡先教えなさい」
真智に命じられるまま、スマホを取り出してQRコードを提示する。
善の友達リストには、新しく【ゆまちー】が追加された。
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