第29話 ギャルの彼女と休日デート

「ねー! ぜんくん、これヤバくない⁉ メッかわなんだけど!」

「あはは……そうだね」


 休日の午後。

 善は花恋かれんと一緒にデートに来ていた。


 今いるのは若者が集う文化の最先端の街、その象徴とも言えるファッションビルだ。

 花恋はザッ、と試着室のカーテンを開けて、善に向かって聞いてくる。


「どうかな? さっきのパンツと、どっちがわたしに似合うと思う?」

「うーん、今履いてるダメージジーンズの方が合うと思うよ」

「マ⁉ わたしもそうだと思ったんだよねー!」


 やがて花恋が会計を終え、二人はビルを出て街を歩く。


 善はあまり希望の場所がなかったので、基本的には花恋の行きたいを巡る形だ。

 セレクトショップや古着屋、それにコスメショップなど。


 そうして歩き疲れた頃、善は花恋に勧められたカフェにやって来ていた。

 注文していたものが届き、花恋は早速自分の頼んだパフェにスマホを向ける。


「ほら、善くん手ぇだして。そそそ、光の入り方がもうちょい……ここらへんかな」


 そうしてパシャッと写真が撮られた。満足がいく出来だったのか、花恋はSNSにその写真を添付して『ピとデートちう♡』なんてだだ甘な投稿を垂れ流す。


「んー、おいしっ。このパフェめっちゃ美味いんだけど! 善くんも一口食べる?」

「いや俺は……んぐっ⁉」


 遠慮する気配を察したのか、花恋は目にもとまらぬ速さでスプーンを善の口に突っ込んだ。

 舌の上に生クリームの濃厚な甘さと、鉄のスプーンの冷たさがじんわりと広がる。


「どう? 美味しいっしょ⁉」

「んん……ほんとだ、美味しい」


 こんな間接キスっぽいことも慣れたものだ。

 この一週間で、善はこれまでの陰惨な学生生活を取り戻すくらいドキドキ甘々な毎日を送っていた。


 ただ――善の頭の片隅からは、先日の幼馴染との会話が離れずにいた。


 ――『でも、今後はもうあたしと帰らない方がいいかな?』


 確かにつばさの言うことはもっともだ。

 成り行きでそうなってしまったとは言え、今の自分の立場は彼女持ち。


 下手に女子と二人きりで絡んでいたら変な噂を立てられることは間違いない。

 これまで、善はぼっちの放課後を楽しく過ごすため、翼は部内の集まりを欠席する口実を作るため、というのが二人で帰る建前だった。


 だが今や善には最優先すべき彼女ができてしまったし、翼はもう部内でも上手くやれている。


 そうなればもう、善のわがままなんて通せるはずもなかった。


「はぁ……」


 自然とため息が漏れる。


 翼と一緒の放課後は毎回楽しかった。

 どこかに寄ってもそうだし、何か特別なことはなくとも、分かれ道の十字路で夜遅くまで話せた。


 そんな楽しい放課後はもうやってこないのだと思うと……なんとなく、善は喪失感を抱えていた。


 なんて物思いに耽っていると。

 グニ、と左側の頬に冷たいものが突き刺さった。

 見ると、花恋がむくれ面でスプーンの持ち手側をこちらに向けている。


「ねえ、今のわたしの話聞いてた?」

「あ……ごめん。なんだっけ?」


 聞き返すと、花恋は「もういいよ」とため息交じりに言う。


「善くんさ、わたしと付き合ってて楽しくない?」

「そ、そんなことないよ⁉ 花恋さんと付き合えるなんてほんと夢みたいっていうか、今でも信じられないくらいだし!」

「むう……まあ、そこまで言ってくれるなら許してあげるけど」


 一応は溜飲を下げてくれたみたいだ。善はホッと息を吐いて、こんなことを訊いた。


「花恋さんはさ、どうして俺と付き合おうなんて思ったの?」

「そんなの善くんのことが好きになっちゃったからに決まってるじゃん。他に理由ある?」


 花恋の剥き出しの好意を受けて善はたじろぐ。

 これまで花恋からは散々好き好きアピールされてきたが、こんな真面目なトーンで言われるのは初めてだった。


 と、次の瞬間花恋はニヤリと笑って、


「ははーん? さてはわたしに、善くんの好きなところ言ってほしいんだな? いいよ、十個での二十個でも言ってあげる。えーとまずは――」

「い、いいっていいって! 恥ずかしいから!」


 善が止めようとするも、花恋はその制止を無視してつらつらとこっ恥ずかしい告白を並べ立てる。

 ……先ほど花恋の言葉を聞き流した意趣返しだろうか?


 二人のイチャつきっぷりに、周囲の客からも「やだー」「こっちまで照れるんだけど」と声が聞こえてきた。


 善が顔を赤くしながら羞恥プレイに耐えていると、やがて花恋は眩しい笑顔でこう言ってくる。


「でもぉ、やっぱり一番は優しいところ! わたしの意見に合わせてくれるし、奥側の席譲ってくれるし。あ、さっき自然な感じで荷物持ってくれたのも嬉しかったな」


「それは……花恋さん、綺麗なネイルしてるから。重いもの持ったら割れちゃうかと思って」


 言って、善は彼女の指を見る。その爪には長いネイルアートが施されていた。


「そういうとこっ。ねえ、善くんこそ彼女いたことないの? なんか行動が彼女持ちのそれなんだけど」


「俺は姉たちの買い物によく付き合わされてたから。そういうのも、姉たちから叩き込まれたものだし」


 荷物は率先して持て。

 似合っているか訊かれたら「似合ってるよ。可愛いよ」と即答しろ。

 席は必ず女の子に上座を譲れ。


 ほぼ召使いのような扱いをされてきた善だが、その経験は今回のデートに活きたらしい。

 花恋は上機嫌な様子で訊いてくる。


「ねえ、今度は善くんのこと教えてよ。今日はずっとわたしの趣味に付き合ってもらったわけだしさ、なんか行きたいとことかないの?」

「行きたいとこ……あー、まあ」


「あるんだ? どこどこ?」

「ええ……でも、花恋さんあんま興味ないと思うから」


「いいっていいって。わたしきっと彼ピに尽くすタイプだから。善くんの行きたいとこだったらどこでもついてくよ。……もしラブホって言われてもね♡」

「ぶふっ」


 彼女の明け透けな台詞に、善は思わず飲んでいたコーヒーをこぼしそうになる。


 ただ……そんなことを言われた後だからだろうか。

 善は口が軽くなり、つい自分の要求を漏らしてしまった。



     *



「はー、ここがアニメショップかー。なんかオタクがいっぱいって思ってたけど、案外女の子もいるんだね?」

「最近は女性向けコンテンツも豊富だからね。グッズの購買意欲も、案外女性の方が高かったりするし」


 そんなわけで二人がやって来たのは、大型ショッピングモールの中にあるアニメショップだった。


 休日ということで店内は大混雑中。

 入って早々「はぐれちゃうから、ね?」と花恋が手を握ってきて、善は心臓をバクバクいわせながら店内を進んだ。


 男性向けコンテンツを取り扱うエリアに入って早々花恋は、


「へえ、『オタクに優しいギャルが全力で俺に構ってくる件』だって! これわたしのことじゃね?」


 だったり、


「あ! わたしこのゲーム知ってる! 銃撃つと女の子のお尻がぷるぷるするやつでしょ⁉」


 だったり、


「うわ、この曲SNSで聞いたことあるー! アニソンだったってマ?」


 だったりと見るものすべてに目を輝かせていた。


(流石は光の陽キャ……アニメショップも普通に楽しんでるな)


 なんて彼女の順応性の高さに感心しつつ、善はとある場所で立ち止まった。

 そこは善が今ハマっているソシャゲのグッズが陳列されているコーナーだ。


「……」


 無言でタペストリーやアクリルスタンドを見ていると、横からずいっ、と花恋が顔を寄せてくる。


「なるほど? 善くんはこういうのが好きなわけだ?」

「え……う、うんまあ……」

「てーかちょっとえっちな感じじゃない? 善くんってばムッツリさん♡」


「か、花恋さん! それは誤解というか、確かにこのゲームは際どい恰好のキャラがいっぱい出てくるけどそれだけじゃない良さがあって、特にシナリオに関しては往年の名作ゲームを手掛けたシナリオライターが絶賛するくらい――」


「きゃははっ、善くんめっちゃオタクじゃんウケるー。学校じゃあんまそういう感じじゃないよね?」

「それは単に話す相手がいなかっただけというか……」


 驚くべきことに、善のクラスには同じオタクタイプの男子が一人もいないのだ。


「だったらわたしとお話しよーよ。これゲームなんだっけ? 何でできるの? スイッチ?」

「え、ソシャゲだから普通にスマホでできるけど……」


「おっけ。ゲーム機買う手間省けるわー。ええと、タイトルは『ブルー――』あ、出てきた出てきた、ほい、インストール完了っと」


 にひひ、と笑いながらスマホの画面を見せてくる花恋に、善はあっけにとられる。


「か、花恋さん本当にそのゲームやるつもりなの?」

「当ったり前でしょー? わたし、彼ピの趣味に合わせる女だって言ったじゃん」


「でも……わざわざ合わせる必要はないよ。俺は一人で十分楽しんでるから。花恋さんの貴重な時間割いてもらわなくても――むぐっ⁉」


 言っていた途中で、花恋に頬を掴まれた。彼女はジトっとこちらを睨んでいる。


「わたしが一緒にやりたいの! 善くんがわたしのこと気づかってくれてるのはわかるけど、あんま卑屈になられるのは普通にウザいよ?」


「ご、ごめん……」

「ったく、好きな人と同じ感覚共有したいってのわかんないかなー」


 口を尖らせいじけたようにそのゲームのグッズを手に取る花恋を見て、善はズキリと胸を締め付けられる。


『好きな人』……と。さっきだって、花恋は善に真面目な顔で『好き』だと言った。


(花恋さんは、本当に俺のこと好きでいてくれてるんだ……)


 彼女と付き合い始めてから一週間、ずっとそこがあやふやだった。

 ぼっち陰キャが学年で一番可愛いギャルと付き合うなんて、それこそ夢や空想みたいな話だ。


 花恋から手を繋いできたり、間接キス的なことをされたりしている時も、「もしかして自分は弄ばれているんじゃないか」という想いはずっと消えなかった。


 だが今の花恋の横顔を見ていたら、そんな気持ちを抱くこと自体、彼女に対してものすごく失礼なことだったのかもしれないと思い始めてきた。


 それに――善の頭の片隅には、未だあのボーイッシュな幼馴染の影がある。


(……はっきりしないと)


 人でごった返すアニメショップの中。

 バニーガールの際どい服を着た女の子のグッズを前にして。


 善は一人、自分の気持ちを奮い立たせた。

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