第27話 ボーイッシュ幼馴染の自己嫌悪

(いよしっ! まずは敵情視察だ!)


 真智まちと話したその日の放課後。

 つばさは校門が見える茂みに身を隠していた。



水沢みずさわ ぜん】『用事ができたから、悪いけど今日は先帰るね』



 LINEに送られてきたメッセージ。善は今日、恐らく花恋と帰るのだろう。

 そうであるならば好都合だ。翼も今日は部活がオフの日だし、時間には余裕がある。


 翼は一言『りょ』と返し、帰るフリをして二人を尾行することにした。

 するとやがて、


「へー! 善くんH駅とか行くんだ! いがーい!」

「姉たちの付き添いだけどね。上の方の姉がああいう人の集まるところ大好きだから」


 仲睦まじい様子で会話をしながら、善と花恋かれんが校舎から出てきた。

 傍から見ると二人は案外お似合いのカップルで――


(い、いやいやいや! ないって! 善はあたしといる時が一番輝いてるんだから!)


 翼はふるふると頭を振って、その考えを打ち消す。

 そして二人が校門を抜けた頃合いを見計らって、忍び足でその後をつけ始めた。


 電車を乗り継いで善と花恋がやってきたのは、都心部の人が密集する街だ。

 二人はテレビでもよく紹介されている雑貨店に入って行った。翼も当然それを追いかけ、店の中に入る。


「ねー、見て善くん! これめっちゃ面白そうじゃない⁉」

「カレー風呂って……一体どういう層が買っていくんだ……」


 花恋は店内にある面白い商品を片っ端から手に取って楽しそうに笑っている。対する善も、何だかんだ楽しそうにしているのが癇に障った。


(ぐぬぬ……善のやつ他の女にデレデレしやがって……!)


 怒りでつい手に取ったぬいぐるみを握りつぶしそうになってしまう。


 こんな苛立つ光景を見るなんて苦痛にも程があるが……今日翼が尾行をしている理由は他でもない。


 二人を別れさせるべく、花恋の正体を暴いてやるのだ。


(あんなギャルギャルしい見た目で性格がまともなはずないもん。きっと善のことをたぶらかして、ATMにしてやろうって魂胆だな)


 翼にはある未来が見えていた。花恋にいろいろな物を奢らされ、果ては恋人料なるものをせしめられ、素寒貧になるまで有り金をむしり取られた善の姿だ。

 絶対にその未来を実現させるわけにはいかない。


 善があのギャルに物をねだられている場面をしっかりとこの目で捉え、後日それとなーく忠告してやるのだ。


『善、彼女さんとは上手くいってる? そう言えばこの間二人が買い物してるとこたまたま見ちゃったんだけどさぁ――』


 そうすればきっと、善も花恋に対して疑念を抱くに違いない。やがて金を出してくれなくなった善には花恋は愛想を尽かし、二人は破局の道へ……。

 なんて完璧な作戦なんだろうと、自画自賛しながら翼は二人の動向を見守った。


「うーん、とりあえず買うのはこれくらいかな?」

「花恋さん……俺、本当にこれ買わなきゃいけないの?」

「当たり前じゃん! 二人でおそろにしたいんだもん!」


 どうやら、互いに色違いのマスコットキーホルダーを買うことで決まったようだ。一緒にバッグにつけようなんて言っている花恋に翼は殺意の波動を送りながらも、


(ふふふ……今のうちにはしゃいでおくがいい。今にお前の本性を暴いてやる……!)


 なんて決定的な瞬間を見逃すまいと目を凝らす。

 が、


「もー、そんなに渋るならわたしが買ってプレゼントしてあげる!」

「え⁉ い、いいって! 何もそこまで……」

「いいからいいから! わたし結構尽くすタイプなんだよ?」


 そう言って、自分と善の分の買い物を済ませる花恋。

 店を出た善は申し訳なさそうな顔をして何度も代金を払おうと進言したが、花恋は頑なにそれを拒んでいた。


「お礼は彼ピとしての自覚で返してね♡」


 なんて言いつつ、彼女は善の手にマスコットを収めさせる。

 そこまでされた以上その気持ちを無碍にするわけにもいかないと判断したのか、善はすぐさまそれを自らのスクールバッグに括り付けていた。


「うわ、エモー! 超青春っぽくない⁉」


 花恋も同じようにマスコットをバッグに付け、写真を撮ったり善の腕に抱き着いたりしてはしゃいでいる。


(そ、そんな……)


 一方の翼は気が気じゃなかった。作戦が失敗したどころか、花恋の方から善に物をプレゼントしたのだ。


 まさか花恋は本当に善のことを……?


「そそそ、そんなわけないよね! あれは向こうが善を油断させるための手段だって! いつかきっとあの女の本性が出る時が来るよ!」


 そう自分に言い聞かせ、花恋の粗探しに躍起になる翼だったが……。



     *



「善くんしゅきしゅきー♡」

「か、花恋さん、そんなくっつかれると歩きづらい……っていうかみんな見てるし恥ずかしいんだけど……」


「えー? 見せつけてあげればいいじゃーん! ウェーイ! ラブラブカップルでーす!」

「な、なんて羞恥プレイなんだ……」


 学校の廊下で見かければ、腕を組んで歩いているし。




「善くん、わたしの作ってきたお弁当美味しい?」

「わぁ……うん! すごく美味しいよ。花恋さん料理とかできたんだ?」


「えへへ、母子家庭の一人娘だからこれくらいはね。それより善くん、わたしがあーん♡ してあげよっか?」

「い⁉ いやいや! お弁当作ってきてもらっただけで十分だから!」

「きゃはははっ、遠慮しなくていいってば~」


 リア充御用達の中庭では彼女が手作りのお弁当を振る舞っているし。




「善くん善くん、今月号は新婚旅行特集だって。一緒に見よ!」

「いや何買ってきてるの⁉ それ結婚情報雑誌だよね⁉」


「だってわたしたちの付き合いって結婚前提でしょ? 早めに情報仕入れとかないと。あ、付録に婚約届ついてる! はい、善くん書いて!」

「書かないよ! ていうか俺まだ十五歳なんだけど⁉」


 教室では善の前でゼ○シィを開いている。



     *



 数日間の尾行や監視を経て翼は――。


「終わりですやん……」


 糸の切れた人形のようにぐでっと椅子にもたれ、魂ごと抜け落ちたように謎関西弁を発した。

 昼休みのテラス席。対面に座る真智は神妙な面持ちで翼からの報告を聞いていた。


「まさか毒島さんの方がゾッコンだったなんてね。水沢くんってそんな良い男なのかしら……? 前会った時は奥手そうな地味男子という印象だったのだけれど」


 翼はもはや真智の言葉に反応する気力もなかった。初夏の太陽に炙られながら、もそもそと口を開く。


毒島ぶすじまさん……すげーんすよ。可愛くて料理できて善のこと大好きで……奢られるのとか嫌いみたいで、自分が頼んだ分は絶対に払うし……それに――」


「水沢くんと結婚まで考えているとは思わなかったわ」

「うぐっ……!」


 翼は不整脈を訴えるかのように胸をギュッと掴んだ。

 そしてちらりと右手の方を見る。


 中庭では今日も、善と花恋が仲良く昼食を取っていた。

 最近は真智と共にこのテラス席に来る翼だったが、同じくらいの頻度であの二人のことも見かける。


 花恋は毎日のように善に弁当を作ってきているらしく、本日はサンドイッチを持参したらしい。

 中庭の芝生にシートを敷いて、ピクニック感覚で食事を楽しんでいた。


「はぁ……人の気も知らないでイチャつきやがってよー」


 一層重いため息を吐く翼。

 真智もそちらを流し目で確認しながら、


「にしても意外ね。彼女、大層モテるだろうから恋人ができてもはしゃぐタイプではないと思ったのだけれど……案外高校デビューとかだったりするのかしら」

「見た目通りビ○チでいてほしかったですよほんと……」


 トホホ……と涙をちょちょ切らせ、翼は虚ろに呟いた。


「もうね、毒島さんに勝てるとこ見つかりませんて……。あたしあんなに可愛くないし、料理もできないし、善に好きって伝えることすら――」


 言っていて、翼は余計に惨めさを感じていた。

 この数日、花恋の欠点を探していたはずだ。

 だが見つかるのは彼女の良いところばかりで、最初翼が予想した悪辣さなど微塵もなかった。


 それに対して――


(あたし、何やってんだろうなぁ……)


 想い人を取られて、やることと言ったら相手の粗探しだ。


 何て見事な負け犬っぷりだろうか。自分でも自分のやっていることが品性下劣すぎて、嫌になってくるくらいだ。


 そんな風に自己嫌悪に陥る翼を心配したのか、真智は勇気づけるように言った。


「まあ、急激に熱されたものは得てして冷めるのも早いわ。今は我慢して、二人の関係性を見守るしかないわね」

「そうですよねぇ……」


 と、翼が気のない返事をしたその時だった。


「あら? 彼ら、何かこっち来てるわよ」

「え――」


 翼が椅子に座り直した時にはもう、その二人はこちらにやって来ていた。


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