第三章

第26話 ギャルの彼女と休み明け

 体育祭が終わり、振替休日明けの火曜日。


「まさかこの二人が付き合い始めるなんてねー」

「意外すぎ……っていうか花恋かれん、男の趣味謎じゃね?」

「いやでも水沢みずさわくんもよく見たら案外悪くないかも……?」


 朝から多くのクラスメイトに囲まれ、ぜんは「あはは……」と困惑したように頭をかく。


「ちょっと~。わたしの彼ピに文句つけんのやめてよねー」

「わっ、か、花恋さん⁉」


 腕に絡みついてきた花恋に、善はおたおたと動揺した。


「へへー。わたしたち超ラブラブだもんねっ」

「いや、俺たちまだお互いのこともよく知らない――」


 言いかけた途端、花恋の恐ろしく整った顔がぐるりとこちらを向いた。


「なんか言った?」

「……な、何でもないです」


 善は苦笑いを浮かべながら、こくこくと頷く。


「わたしたちはこっからデート重ねて、ふかぁ~い関係になってくんだから。ね、善くん?」

「え、ええと……」


 戸惑っていると、花恋が唐突に手を握ってきた。

 しかもすべての指を絡ませたいわゆる『恋人繋ぎ』というやつだ。

 手のひらから伝わってくる彼女の体温に、善は顔が赤くなるのを感じた。


「あ、善くん照れてるーw 可愛いなぁもううちの彼ぴっぴは!」

「ちょ、花恋さんやめてってば……」


 頭をわしわし撫でられた善は、否応なしにはにかんだ。


 可愛い彼女とこんなやり取りができるなんて、男子としては極上の体験なのだが……あいにく、心の底から喜べるような状況ではない。


 なぜなら――



     *



 あの日……体育祭の閉会式。


「善くん、わたしと付き合ってください!」


 周りにクラス内外の生徒が多くいる中で、学年のアイドル――花恋が告白をした。

 当然生徒たちの間には大きな波紋が広がり、


「公開告白だー!」

「俺たちの花恋が告白したぞー!」

「相手は誰? え、水沢? 本当に誰?」


 と、瞬く間にその現場に見に来た生徒たちによる輪が出来上がった。


 まるで逃げることを許さないとでも言うような円の囲い。

 相対する花恋はニコニコと趨勢を見守っている。


 そんな状況に陥った小心者の陰キャは――


「は、はい……」


 と半ば反射で頷いてしまったのだ。

 瞬間、周りにいた生徒たちが〝わっ〟と善たちの下に殺到した。


 多くの生徒が証人となり、花恋には女子たちによる祝福が、善には名前も知らぬ男子たちによる胴上げが贈られた。


 わっしょいわっしょいと宙に放り上げられている最中善はようやく、


(あ……俺、今ヤバいこと言ったかも……)


 と自分のしでかしたことの重大さを悟ったのだ。



     *



 そんな波乱の体育祭を終え、やってきた平日。


「ねえ、善くん。今日一緒に帰ろうよ」

「きょ、今日?」

「うん。わたし美味しいフレンチトーストのお店知ってるから。お店もオシャレでさ~、いつか彼ピと一緒に行けたらなって思ってたんだよね~」


 楽しそうに言う彼女を見て、善は言葉を詰まらせる。

 そこにクラスメイトたちの視線も加わればいよいよ、


『ごめん、今日は幼馴染の女子と一緒に帰るから無理なんだ』


 なんて口が裂けても言えない状況だ。


「わかったよ……」


 そうして、善はまんまと花恋の誘いを承諾してしまった。



     *



「意外とピンピンしているわね。安心したわ。あなたのことだからてっきり復讐鬼と化していると思ったのだけど」

「あたしを何だと思ってるんですか湯町ゆまち先輩……」


 昼休み。

 つばさ真智まちに誘われて、購買の横にあるテラス席に来ていた。


「失恋して心を壊す人だっているのよ? ましてあなたは、意中の幼馴染をぽっと出の女に奪われたんだもの。よく平気でいられるわね」


 真智の言葉に、翼はもしゃもしゃと弁当箱の白米を咀嚼しながら答える。


「平気なわけないじゃないですか。もうね、号泣ですよ。あたし昨日、一日中家で泣きわめいてましたよ」

「それで昨日LINEも電話も応答しなかったのね……お気の毒様」


 言って、真智は嘆息する。言葉こそ素っ気ないが、彼女は翼の方に寄り添って彼女の頭をよしよしと撫でていた。


「はぁ~あ。もう惨めすぎていっそ清々しいですよ。あたし、これからどうしたら……」


 言っていたらまた涙が溢れてきそうだったので、翼は大好物の唐揚げを頬張ってぐっとそれを堪えた。


 ともあれ、善に恋人ができてしまったのは変えようのない事実だ。

 翼はとっとと善に告白しなかったことをこれでもかというほど後悔していた。


「ねえ先輩、生きる意味って何なんですかね?」


「……失恋した人間がそれ聞いてくるの結構恐怖ね。私だったらいくらでも相談に乗るから、心は壊さないでちょうだい」


「う、うああ……湯町せんぱ~い……!」


 真智の優しさが傷に沁みて翼はついに泣き出し、彼女の膝に乗って抱きついた。


「うえええん! どうしたらいいのせんぱい、辛いよぉ!」

「いい子いい子。佐藤の良いところは私がよく知ってるから安心なさい」


 ひとしきり泣いて真智に背中をさすって慰めてもらい、翼はようやく自分の席に戻る。

 そうして再び弁当箱を箸で突きながら、


「はぁ……あたしの高校生活、このまま終わっちゃうんですかね……」


「何言っているの。あなたまだ高一よ? 夏休みに入ってもいない時期よ? このまま高校生の間、ずっと水沢くんが今の彼女と付き合い続けるとは限らないでしょうが」


「あ……そっか」


 真智の言葉に、翼は盲点だったと言わんばかりに目を丸くした。


「倦怠期もあるし……そうじゃなくたって水沢くんの彼女、あの毒島ぶすじま花恋でしょう? ものすごく可愛くて大勢から告白されてるって有名じゃない。そんな彼女が、高校三年間ずっと彼氏を変えないでいると思う?」


「ということは……あたしにもまだチャンスが……?」


 徐々にその顔に希望の光を満たしていく翼に、真智は力強く頷いてやる。


「あなたが諦めない限り、水沢くんと結ばれる機会は必ず訪れるわ。まだまだ高校生だもの。今の関係のまま二人が結婚まで行きつくなんてありえないでしょうしね」

「おお……!」


 翼は体育祭以降萎えていた活力のようなものが徐々に回復していくのを感じる。

 そうだ。善が花恋と付き合い始めたからって、まだゲームセットというわけではない。

 いずれチャペルで善の横に立つのは自分の可能性だって大いにあるのだ。


 そう思ったら急にお腹が空いてきた。昨日はショックで食欲がなく、ほとんどご飯を食べていなかったのだ。

 そうして翼は凄い勢いでお弁当の中身を平らげ、瞳に強い光を宿して拳を握る。


「つまり善とあの毒島とかいう女が別れるように仕向ければいいんですね! オッケーです!」

「あなた見ていると、本当に心配になってくるのよね……」


 変な方向に熱を燃やす翼に、真智は呆れたように半眼を向けるのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る