第25話 ギャルのクラスメイトと体育祭4

(やば~~~ッッッ! わたしマジ何してくれてんの⁉)


 借り物競争を終え、花恋かれんは自分がした行いに全身の血が沸騰しそうな感覚を覚えていた。

 あろうことか、『好きな人』というお題でクラスメイト――ぜんを引っ張ってしまったのだ。


「あ、あの……花恋さん? あれは一体どういう……」


 退場ゲートに向かいながら、隣を歩く善は挙動不審な様子でそう聞いてくる。

 花恋はなんて言おうか一瞬判断に迷いながらも結局、


「にひひ、善くんからかったら面白いかなーって思って!」


 と、はぐらかすようなことを口にしていた。


「あはは……そ、そうだよね。そういうことだよね」


 拍子抜けした様子で肩を竦める善。

 今すぐその肩を叩いて、「なーんて嘘だよ」と言ってやりたい気持ちを、花恋は寸でのところで堪える。


(てかこの感じ、わたしマジで善くんのこと好きなんだろうなぁ……)


 身体の芯が火照る。善と一緒にいるだけで胸が締め付けられる。

 久々に覚えた誰かを好きだという気持ち――その決め手は間違いなく、学年リレーの時だった。



     *



 自らのバトンミスでクラス全体に迷惑をかけてしまった直後。クラスメイトの女子たちから浴びせられる視線は針のように鋭かった。


 女子社会で足並みを乱すのは犯罪に等しい。とりわけ恋愛が絡んだ女子の団結は尋常ではなく強固で、それに反する者に対しては残酷なくらい排他的になる。


 今回は協力すると意思表明をしていたからこそ、花恋のやらかしは大きかった。

「大丈夫だよ」「なんとかなるって」「ドンマイドンマイ」みんなそんな風に口では言っているが、離れたところでは花恋に対して侮蔑の目が向けられていた。


(これは来週からハブられ確定かな……)


 そんな風に諦観を抱いていた時だ。

 ふと、走り出す間際の善と目が合った。


 そういえば、彼には何でも一つお願いを聞いてもらう約束をしていたはずだ。

 この状況を何とかしてくれるとは思えなかったが――花恋は藁にもすがる思いで、心の中でだけ呟いた。


『お願い善くん――わたしを助けて……!』


 果たして、その願いは叶えられた。


 ――それも最悪なかたちで。


 走り出した瞬間、善はその場でコケたのだ。

 おかげで順位は真っ逆さまに最下位に落ち、批判の的はすべて善に向かった。

 クラスメイトの女子たちも花恋に対する怒りなんて綺麗さっぱり忘れたようで、


「こんな大事な場面でコケるとかありえなくない? ねえ、花恋?」

「え……あー、でもわたしもバトン落としちゃったし……」


 花恋は同意を求めてきた女子にそう返すも、今度は逆に花恋を擁護する声が上がった。


「花恋のミスなんて全然大したことないよ」「そうそう、コケたあいつに比べたらどうってことないって」


 ずいぶん心変わりが早いものだと思いつつ、花恋は安堵の息を漏らす。

 と、同時にこんな推論が脳内を駆け抜けた。


(もしかして善くん……わたしのためにわざとコケた……?)


 こんなのは思い上がりかもしれない。

 いくらなんでも自分のために罪を被ってくれる人がいるわけ……。


『はい……俺はわざと転びました』


 あった。

 リレーが終わった後、善を問いただしたらそう白状した。


 しかも理由を聞いたら、『お願いが聞こえた気がした』だと。

 信じられなかった。だって、その『お願い』は心の中で叫んだだけなのだ。


 テレパシー? それとも以心伝心的な何か?

 花恋は善に『そのミスはわたしの責任だから――』云々と説教しながらも、頭の中にはあるスピリチュアルな考えが浮かんでいた。


(善くん……まさかわたしの運命の人だったりする……?)


 そうかもしれないと思ったら、もうそうとしか思えなくなっていた。

 見た目は割とタイプで、冴えないぼっちかと思いきやモデルの仕事なんてしていて、頼りないと思いきや口を利かずとも自分のことを助けてくれる。


『ていうか善くんさぁ……やっぱりわたしのこと好きっしょ?』


 おどけてそんなことを訊いた時にはもう、すっかり花恋の方が善に夢中になっていたのだ。



     *



「善くん、この後競技あるの?」

「ううん。最後の大玉転がしだけだよ」

「そっか。だったらわたしと――」


 飲み物でも買いに行って休まない? なんて誘おうとしたところで、


「ぜ~~~ん~~~っ!」


 向こうの方から怒りで顔を真っ赤にした少女がやって来た。

 あれ誰だったっけ……? と小首を傾げ、花恋は「あっ」思い出す。


「うわ⁉ つばさ⁉ ご、ごめん花恋さん! また後で!」

「え……う、うん」


「待てっ! 逃げんなこの軟弱ノッポ! あたしとの勝負フイにしやがって!」


 そうして善は、幼馴染の少女――佐藤翼から逃げるように人混みの中に消えていった。

 一人取り残された花恋は、近くにあったフェンスを背もたれにして空を見上げる。


「幼馴染、か……」


 花恋は翼のことをよく知らない。

 足の速い、女子に人気の女の子。そして――善の幼馴染。


 今持っている彼女の情報などそれくらいだ。でも……自分の勘はこんなことを言っている。


(翼ちゃん、善くんのこと好きなんだろうな……)


 あの感じは間違いなくそうだ。

 前に善から、


『大事な友達だって言ったらあいつ泣き出しちゃってさぁ。俺なんか変なことでも言ったのかなぁ?』


 と聞いた時からほぼほぼ確信していた。

 それに翼は、善と放課後いつも一緒に帰っていると聞く。あの距離感で恋愛感情がないわけがない。


 片や小学生時代からの幼馴染。片や同じクラスになって二か月ちょっとのクラスメイト。


 不遜な言い方だが、ルックスに関しては自分に分があるはずだ。だけど彼らが幼馴染として過ごした時間は、花恋にはどうやっても埋めることができない。


 で、あるならば――


「善くんがフリーな今のうちに落としてやるしかないか」


 この柿木坂高校の体育祭にはあるジンクスがある。


 ――体育祭で優勝した組の生徒が告白すると、絶対に成功する、と。



     *



『――これにて、第十回柿木坂高校体育祭を閉会いたします』


 長かった体育祭も終わり、グラウンドには解散の雰囲気が流れる。

 だが教室に戻って帰り支度をする者は少なく、みんな記念撮影をしたり、ふざけ合ったりして祭りの余韻を楽しんでいた。


「四組優勝―――‼」

「「「オイッオイッオイッオイッ‼」」」


 中でも総合優勝を果たした青団――一年四組の面々は一層盛り上がっていた。

 クラスメイトたちがおしくらまんじゅうのように固まって、天高く指をかざし雄たけびを上げている。


 善が彼らのノリについて行けず傍から眺めていると、隣に立つ人の気配を感じた。


「善くん、今日はお疲れっ。ウェーイ!」

「お、お疲れ花恋さん……」


 晴れやかな笑顔でギャルピースをしてくる花恋に、善はヘコへコと会釈を返す。

 思い出すのは、先ほど見せられた借り物競争のお題だ。


(『好きな人』だなんて……花恋さんも心臓に悪いいじりしてくるよな)


 彼女みたいな美人が自分を好きであるはずがないのに、変に勘違いして心臓をバクバクさせた自分が恥ずかしかった。


「ねえ見て善くん。向こうの方、すっごい盛り上がってるくない?」


 善からしたらどこもかしこもお祭り騒ぎなのだが……確かに花恋が指さす一角は、別次元の盛り上がりを見せていた。


「おめでと野々花ののかー!」

「二人ともお幸せに!」

「ちょ、ちょっと! まだ気が早いってば……でも。えへへ、ありがとみんな」


 その中心にいるのは、クラスメイトの江上えがみ野々花だった。垢抜けた印象だが小柄で、どこか小動物のような雰囲気のある女子だ。彼女は横にいる男子と手を繋いで、幸せそうにはにかんでいる。


「さっき告ったらオーケーもらえたんだって。ああいうの見ると青春! って感じするよねー」

「へえ、それってあのジンクスとかいうやつ?」


 善が訊くと花恋は目を見開いた。


「そうそう! つか善くんよく知ったね!」

「まあね。昨日、翼が教えてくれたんだ」


 善が言うと、花恋は「ふうん。そう、翼ちゃんが……」と何やら意味深に頷いていた。


「にしても今日は楽しかったな~っ! ねえ、善くんはどうだった?」

「え? あー、まあ思ったよりは楽しめたよ」


 体育祭なんて憂鬱なだけだと思っていたが、案外そうでもなかった。

 それはもちろんリレーで転んでクラスメイトから顰蹙を買ったり、全身の至る所に絆創膏を貼る羽目にもなったりと良くないことも起こった。


 ただ、終わってみればそんな出来事もいい思い出だ。

 それに競技で勝った時は純粋に嬉しかったし、昼休みは翼の家族と混ざって楽しい昼食の時間になった。


 あそこでオイオイしているような陽キャたちには及ばないだろうけど……それでも、陰キャなりに楽しめたのは事実だ。


「やっぱ行事っていいよね~。なんかバイブスアガるつーかさ」

「うん、なんだかんだいって良いものだよね。バイブスってのはよくわかんないけど……」

「そんで、まー、このテンアゲのノリで言っちゃうんだけど――」


 と、花恋は善の方に向き直って言った。



「善くん、わたしと付き合ってください!」




     *



「善のヤロー~~~‼ 許してなるものか」


 閉会式を終えた後。

 翼は人でごった返すグラウンドを、ズカズカと大股で歩いていた。


(せっかくの勝負だったのに。もしかしてあいつ、わざと転びやがったか……?)


 いくら想い人だったとしても、あの行動は許しがたいものがあった。


 学年リレーにて、翼はせっかく無理を言って善と走れるように走順を変更させてもらったのに、肝心の善が走り出した途端ズッコケたのだ。


 そのせいで翼は不戦勝のようなモヤモヤした気持ちをずっと抱える羽目になった。


「実行委員の手伝いやら選抜競技やらでぜんっぜん話せなかったしさぁ……今日は返さないんだからな……!」


 怒りと恋心の両方に燃える少女は、阿修羅のごとき勢いで人垣をかき分けていく。

 と、その時大勢の中からからにょろっと飛び出たひょろ長い人影を見つけた。


「いた! おーい、ぜ――」


 翼が手を上げて声をかけようとした、その時。

 幼馴染の隣に、女の姿を認めた。


 まるでアイドルみたいに可愛い少女だ。明るく染めた髪や、あるキラキラのメイクがパリピ感を醸し出している。


 ギャルっぽいその風貌はまさしく今をときめく女子高生! といった感じで、翼とは対極にいるような人物だった。


(あ! あれってもしかして……)


 噂で聞いたことがある。四組にめちゃくちゃ可愛い女の子がいると。

 名前は確か……毒島ぶすじま花恋。

 おそらくあれがその毒島さんだろう、と翼は断定した。


(でも、あの二人が話すようなことなんてあるの……?)


 善は自分でぼっちだと言っていた。翼の知見からしても、善があんな美少女と話すシチュエーションなんて考えられない。


(もしかして案外仲良かったり……? って、あるわけないか)


 あんな美少女相手じゃ嫉妬する気すら起こらない。

 きっと彼女なら、芸能人クラスのイケメンですらとっかえひっかえできるだろう。 そんな人間が善のような陰キャに気があるわけなんて――


「善くん、わたしと付き合ってください!」


「……え?」


 その言葉を聞いた瞬間、翼は魂が抜けてしまったかのようにその場に立ち尽くした。



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