第24話 ギャルのクラスメイトと体育祭3
保健室にて、善は擦りむいた箇所の手当を受けていた。
「はいよ、これで治療終わり。あんたこの後出る競技は?」
「最後の大玉転がしだけです」
「だったらまあ問題はないかね。帰ってゆっくり休みな」
「はい、ありがとうございました」
体育祭もいよいよ大詰めだ。
今は全学年統一選抜リレーが行われているらしい。
(
幼馴染の雄姿を見られなかったのは残念だが、仕方あるまい。
善はとぼとぼと歩いて自分の席に向かった。
(帰りたくない……)
先ほどのリレー、善のド派手なズッコケにより、四組は見事最下位で勝負を終えた。
その後の顛末は推して知るべしだ。案の定
ただまあ、幸いなことに一年三組・四組を擁する善たち青団はポイント首位をキープしている。
あのリレーでは負けたものの、青団全体での優勝はまだまだ届く位置にあるということだ。
団体競技やら個人競技やらで点を稼いでくれた先輩方には感謝の気持ちしかない。
そうして、善が人里に下りるタヌキみたいにコソコソと一年四組のスペースに戻ろうとした時――
不意に手を引かれ、後ろを振り返った。
「え? 花恋さん?」
「あっ、えっと……ぜ、善くん怪我大丈夫だった?」
「ああ、うん。いろんなとこ擦りむいたけど、全然大したことないよ」
「そか、よかった……。も~、心配したよ。善くんマジでエグい音立てて転んでたからね?」
「あ、あはは……お恥ずかしい……」
首を竦めて頭をさする善に、花恋は一歩近づいて、
「――ていうかさ、さっきのあれ、わざとだったりする?」
「へぇっ⁉」
心臓を鷲掴みにされたみたいに、善は素っ頓狂な声を上げる。
「絶対そうでしょ? 直前に目ぇ合ったし。なんか転び方わざとらしかったし……わたしがバトンミスしたから、それを庇うため?」
「い、いやぁ……花恋さんそれは流石に自意識過剰ではないでしょうか……俺はただ普通に――んぎゅっ⁉」
「ねえ、わたしの目を見てちゃんと答えて。あれはわたしのためなの?」
顔を掴まれ、グイっと花恋の方に引き寄せられる。
吐息が当たるほどの距離感。
彼女の瞳は星屑のように煌めいていて、吸い込まれそうな感覚に陥る。
超然とした彼女の〝圧〟に、善はついに屈した。
「はい……俺はわざと転びました」
「やっぱり……。ねえ、なんであんなことしたわけ?」
パッ、と手を離され、善は少し彼女と距離を取る。
剣呑な彼女の声音を察するに、やはりお節介をしてしまったらしい。
善は罪の告白をするみたいに沈んだ声で語った。
「お願い、が聞こえた気がして……」
朝、花恋と交わした約束。善がモデルのバイトをしていることを黙っておく代わりに、花恋のお願いを何でも一つ聞くというアレだ。
ぼっちだった自分に話しかけてくれて~云々は恥ずかしかったので、その点については黙っておいた。
「お願いだったら叶えてあげなきゃって思って……で、でもその感じだと俺の空耳だったよね? ごめん、余計なことしちゃって……」
ヘコへコと頭を下げる善に――花恋は腕を思い切り振りかぶってチョップを落とした。
「いたっ⁉ な、何するの花恋さん……」
「バカっ! そーゆーこと言ってんじゃないの! あんなことしたら誹り受けるのは善くんの方でしょうが!」
「え……」
花恋は本気で怒っていた。でもそれは善を責めるための怒りじゃない――善の身を案じての怒りだ。
「たしかにわたし、やらかしちゃったしさ。みんな口では『大丈夫』とか言ってるけど内心キレてんだろうな~……っていうのわかるし。でも、それって全部わたしの責任じゃん? バトン落としちゃったわたしが悪いのに、それを善くんが背負う必要なくない?」
「ご、ごめん……」
「……もう。わたしのお願い、まだ有効だからね」
言って花恋は不服そうに口を尖らせる。
それから、その顔にニヤリと小悪魔的な笑みを湛えて、
「ていうか善くんさぁ……やっぱりわたしのこと好きっしょ?」
「なぁっ⁉」
思わぬとられ方をされて、善は面食らう。
「だってそうでしょ? わたしのこと好きじゃなきゃ、普通そこまでできなくない?」
「い、いやそれは成り行きというか……花恋さんのことは良い人だと思ってるけど、決して恋愛感情的なものは――」
と、そんな時だ。
『――続きまして、一年生による障害物競走です。選手の皆さんは準備ゲートにまでお集まりください』
「あっ、やば! わたしもう行かなきゃ!」
「え、ええっ⁉ ちょっと花恋さん、まだ誤解的なものが解けてない気が……」
「ごめーん、急ぐからその先聞けないわー」
そう言って、花恋はパタパタと駆けていってしまった。
これじゃ変な噂が流れるかも……と頭を抱えていると、少し離れたところで彼女はこちらを振り返った。
「さっきはああ言ったけどわたし、『誰でもいいから助けて』って思ったのは本当だよ? だから善くん――助けてくれてありがとっ」
そう朗らかに笑って、花恋は今度こそゲートの方に消えていった。
クラスメイトからは非難されるし花恋には変な誤解をされたかもしれないが――。
「ま、これで良かったのかな」
*
グラウンド内では借り物競争が行われていた。
走者がそれぞれ渡されたお題に沿ったものを会場内から探して、それを持ってゴールするという競技だ。
善は自分の席に座ってそれを観戦していた。
こういうバラエティー性に富んだ競技なら、友達もおらずスポーツにもあまり興味がない陰キャでも退屈せずに見られる。
中には『メガネ』というお題に対して担任教師からメガネを強奪しゴールする生徒もいて、なかなかに笑えた。
「お、花恋さんの番だ」
幾人かのレースを終えて、最後にレーンに立ったのは花恋だった。
先ほどの失敗はあったが、善のファインプレーでその件も上塗りされたらしい。今はこちらの観客席いるクラスメイトたちから、熱い声援を浴びていた。
パンッ、とスターターピストルの音が鳴ってみんな一斉に走り出す。
数メートル進んだところにある封筒を漁り、走者がグラウンドに散らばった。
(さて花恋さんのお題は何かな……)
なんて優雅に見物していると、花恋が一目散にこちらに走って来た。
「善くん!」
「お、俺⁉」
まさか自分のところに来るとは思ってなくて、善は目を丸くする。
「な、何渡せばいいの⁉ 俺メガネかけてないよ⁉」
「何もいらない! 善くんさえ来てくれればいいから、とりあえず立って!」
「え……う、うん!」
急かされるまま席を立ち、椅子をかき分けて競技場の中に入る。
すると突然花恋から腕を組まれ、
「行くよ善くん!」
「わわ、わかったけど近くない⁉」
「お題がお題だからいーの!」
そのまま、二人は二人三脚のような形でゴールイン。
お題ゲットが早かったおかげもあって、花恋の順位は一位だった。
「イェーイ! やらかし組汚名返上じゃん! やったね!」
「い、いぇーい……」
ハイタッチを求められ、善はおっかなびっくりでそれを返す。
見るとクラスメイトたちからも、「かれーん! よく頑張った!」「水沢もナイスー!」と賞賛が浴びせられた。
善はよかった……と安堵の息を漏らす。
彼女の言う通り、青団のポイントに貢献できたことにより汚名返上は適ったらしい。これで一応、クラスでの立場が悪くなる危険性はないだろう。
『ただいまの勝負……一位は青団、三十ポイントです』
アナウンスから勝負の結果が伝えられて青団――花恋たち走者が喝采を上げる。
実行委員たちがお題の紙を回収する中、
「そういえば花恋さん、何てお題だったの?」
「あ、やっぱ気になっちゃう?」
「うん、俺一人を引っ張っていくってことは、やっぱり『ぼっち』とか『陰キャ』とかって書かれてたり?」
「あははっ、そんなわけないじゃーん! 善くんってば卑屈すぎ!」
それなら一体何が……と首を捻る善に、花恋はぴらりとその紙を見せてきた。
「これだよ♡」
「え……」
そこにはマジックで一言、『好きな人』と書かれていた。
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