第23話 ギャルのクラスメイトと体育祭2
競技の合間。
「ぜ~んっ!」
「ごふっ⁉」
グラウンドをぼんやり歩いていた
「
「ぼけ~っと歩いてる善がいけないだって。ここは戦場だよ?」
「いや体育祭ごときで大げさだろ……」
そう善は言うが、翼はまったく大げさだと思っていないようだ。
競技大好き、戦い大好きの翼は、この体育祭も全力で勝ちにいくつもりらしい。
「必ずあたしたち白団が勝つ! 善、覚悟しとけよ!」
「へいへーい」
「腑抜けた返事しやがってよー」
翼は口を尖らせ不服そうな目を向けつつ、
「それはそうと、善は家族の人来てたりするの?」
「いいや。親は相変わらず仕事忙しいらしいし、
「くーちゃんは?」
「
「あー」
善の言葉に、翼は納得したような顔をする。
一応社交辞令として誘ってもみたのだが、
『高校の体育祭なんてキラキラしたところに行ったら浄化してしまいます……わたくしはお家の暗がりで涼しくしていますので、善くんは一人で楽しんできてください』
と、闇から生まれたモンスターみたいなことを言っていた。
「くーちゃんたちに会えないのは残念だけど……仕方ないね。それなら善、お昼うちの家族と食べない? あたしお父さんとお母さん来るから」
「あ、本当? だったらご一緒させてもらうよ。翼のご両親に会うのも久しぶりだし」
「そんじゃ決まりっ。昼休憩になったら七組んとこ来て」
「了解」
体育祭でぼっちメシなんて惨めすぎるイベントを回避できて、善は内心ホッとした。
「てかさ、善、学年リレーの方の走順見た? 面白いことになってるよ」
「あ、そういえば見てなかったな。何が面白いんだ?」
欠席者や見学者が出たおかげで、事前に決めていたリレーの走順が変更になったのは聞いていた。クラスLINEを開き、貼られた表を確認する。
「えっと俺と走るのは……って、え? 翼と?」
顔を上げると、そこには満面の笑みを浮かべる翼の顔があった。
「うわ……最悪だ。よりにもよって翼と走らなきゃいけないなんて……」
「あっはっは! ついに公衆の面前で善と対決する時が来たね! 学年リレー、楽しみにしてるぜっ!」
「俺、調子悪いとか言って早退しようかな」
「逃げたら殺す」
「なんてド直球の脅しなんだ……」
翼の足の速さは身に染みて知っている。女子に大差で負けたなんてなったら、クラスからは総スカンを食らうこと間違いなしだろう。
善は「せめてクラスに迷惑かけることにはなりませんように」と神に祈った。
*
(アリ寄りのナシ? いやアリ寄りのアリかも?)
これから始まるのは一年生の目玉競技、学年リレーだ。
一年生全員がグラウンドに集められて諸々の準備が行われる。
そんな中、一年四組の女子たちはひときわ盛り上がっていた。
「この点数なら絶対優勝できるよ!」
「頑張ろ
「ねえ、
「え……?」
そう声をかけられ、花恋は振り向いた。
そこにいたのは小柄な女の子だった。
「あ、ああ……! うん、絶対勝とうね、野々花! そんで先輩に告白してオッケーもらっちゃお!」
「ありがとかれん~! ウチ走るの遅いからみんなの足引っ張っちゃうかもだけど……先輩のためだもん、頑張るよ!」
そう言って、野々花はギュッと拳を握る。
この柿木坂高校にはあるジンクスがある。
――曰く、体育祭で優勝した組の生徒が告白すると、絶対に成功する。
そのおまじない効果にあやかって今日、野々花は片想い中の先輩に告白しようとしているらしかった。
そしてその話は四組の女子全体に共有され、みんなで優勝を目指して彼女の成功を祈ろうと躍起になっているのだ。
そんなこんなで準備も終わり、いよいよリレーが始まった。
『今第一走者が駆けだしました! 先頭はの一組! その後ろを四組が追いかけます! 最後方は六組、頑張ってください!』
実況の声がけたたましく響く。生徒や父兄の応援の声も相まって、グラウンドはすさまじい熱気に包まれていた。四組女子たちの声援も尋常ではない。
しばらくして自分の番になり、花恋はレーンに入った。
「かれーん、頑張って!」
「一位もぎ取れー!」
「あはは、ありがとっ。一位取って来るね!」
クラスメイトから期待の声に手を振り返すも――花恋の頭を支配するのは別のことだ。
(善くん、マジでモデルやってたんだ……確かに背ぇ高いもんね。なんつーかこう、親近感湧くわぁ)
今まで教室の隅でひっそりしていると思っていたクラスメイト。そんな彼がモデルの仕事をしていることを知って、花恋は興味を隠せずにいた。
(彼女いないって言ってたし、これはワンチャン……。でもなー……いかんせんあと一歩ってところが……)
値踏みしているようで申し訳ないが、こちとらモテモテの美少女である。相手に求めるスペックは相応に高い。
(うう~っ、だってまだ高一の一学期だよ? もしかしたら来年後輩にもっと良い人がいるかもしれないし……てか善くんにももうちょっと頼りがいというか覇気みたいなのがあれば……)
そんな風に、花恋は自分の彼氏候補についてぐるぐると思考を巡らせていた。
だがそのせいで――
「花恋! 何してんの早く走り出さなきゃ!」
「え……? うわ、やばっ!」
今がリレーの最中であることを忘れていた。
後方にはすでに前の走順の生徒が差し迫っている。
花恋は慌てて助走を開始するも、
「あっ、嘘――!」
渡されたバトンを取り落としてしまった。
*
憂鬱な想いを抱えて始まった学年リレー。
(せめて翼に抜かれないくらい大差で勝ってくれ……!)
善はそんな願いを走者たちにぶつけながら戦いを見守る。
順当な序盤から中盤を迎えたその時、波乱が起こった。
「あっ、嘘――」
『おっと⁉ ここで四組がバトンミスをしてしまいました! その隙に次々と他のクラスが追い上げていきます!』
バトンを取り落としたのは花恋だった。そのせいで大きくタイムロスをし、僅差で一位だった四組の順位は一気に五位にまで転落してしまった。
(あちゃ~……いい調子だったんだけど。ドンマイ、花恋さん)
必至に走る花恋を見ながら、善は憐憫の眼差しを送る。と、そんな時だ。
「は? 嘘でしょ?」
「今のは流石になくない?」
クラスメイトの女子たちが怖気が走るほど冷ややかな声でそう言っているのが聞こえてしまった。
その静かな怒りに周りにいた男子たちは気まずそうに目を泳がせる。むろん、善もそのうちの一人だ。
重い空気に耐えていたところで、走り終えた花恋が戻って来た。
「うわ~んっ。みんなマジごめん! わたしめっちゃぼんやりしてて……」
「平気だって、花恋は悪くないよ」
「まだ負けたわけじゃないから」
半泣きの花恋を、先ほど黒い息を吐いていた女子たちが慰める。
(うわ……女子こえ~……)
善は彼女たちの豹変っぷりに二の腕をさする。
どうやら女子たちの話に耳を澄ませていると、体育祭が終わった後告白する生徒がいるそうだ。
(そういや優勝した組の生徒が告白すると成功する……みたいなこと昨日翼が言ってたな)
それに花恋が水を差してしまい顰蹙を買っているということか。
花恋のことは気の毒に思うが、
(大丈夫。別に俺には何の関係もないんだし。陽キャには陽キャなりの付き合いっていうのがあるんだろ、きっと……)
臭い物に蓋をするように自分に言い聞かせて、善は列を前に進んだ。
数人の走者が走り終え、やがて善の番が巡ってくる。
四組の順位は依然五位のまま。やはりあのバトンミスが痛かったようで、あれ以降なかなか前に出られていない。
善がスタート位置に立つと、三レーン先には翼の姿があった。
翼はこちらに不敵な笑みを送ってくる。
七組は現在六位。このまま走り出せば、善は間違いなく翼に抜かれてしまうだろう。
(ああ、そうだ。今は俺の勝負に集中しないと――)
と、思っていた時だった。
グラウンドの中央にいた花恋と目が合った。
花恋は胸を切り裂くような痛みを堪えるように手を握り締め、善に向かって口を動かす。
「お願い――」
(え……花恋さん今……)
聞き間違いかもしれない。
傷ついている彼女を前にして、ヒーローじみた妄想をしてしまっているのかもしれない。
そうは思うのだれど――
脳内に思い浮かぶのは、クラスで馴染めなかった善にも優しく接してくれた花恋の姿だ。
彼女が誰にでも親しく接していたのは知っていた。だけど、花恋から一言「おはよっ」と声をかけてもらえた日は、それだけで一日が充実しているように感じられたのだ。
翼と再会する前の退屈な日々。それを照らしてくれたのは間違いなく彼女だった。
善は花恋に対して恩義がある。
そしてそんな彼女は今、自分のミスを帳消しにしてくれるような起死回生の一撃を求めているのかもしれない。
そう考えたら――善はそれに応えてあげたい気持ちが沸々と湧いてきた。
「……!」
再び、列にいる花恋に目を向ける。彼女は切実な表情で善を見ている。
(ごめん花恋さん。期待してもらって悪いけど、俺じゃ翼には勝てないんだ……だから――)
バトンを受け取り、善は走り出す。
一秒ほど遅れて、離れたレーンの翼が駆ける。
その差は縮まり、すぐさま善は追い抜かれて――
「ああぁぁーーーっ‼ 足が滑ったァァァッッッ‼」
善はもんどりを打って、その場にズッコケた。
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