第22話 ギャルのクラスメイトと体育祭1

「四組優勝するぞー‼」

「「「「「おおーーー‼」」」」」


 体育会系男子の掛け声で一年四組の円陣が雄たけびを上げる。


 空は快晴。夏に片足突っ込んだと思えるような日差しの中、高校に入って初めての体育祭が始まった。


「憂鬱だ……」


 ぜんはグラウンドの外周に置いた自分の椅子に、ぐでっともたれかかっていた。


 陰キャにとって、運動会・体育祭は可能であれば避けて通りたいイベントである。

 昨日も寝る前に突然の豪雨を祈ったが、ついぞ雨が降ることはなく、体育祭は無事日程通りに開催されてしまった。


「なあ、みんなで写真撮ろうぜ」

「いいね! 混ざりたい人こっち来て!」

「んじゃ俺が撮影するわ!」


 善のクラスメイトたちはウェイウェイ盛り上がって、甘酸っぱい青春の一ページを刻んでいる。


 今競技しているのは二年生。部活をやっている人たちは先輩を応援したり、女子たちはイケメンと話題の上級生に黄色い声援を送っていた。


 だが上下にも左右にも関わりを持たない善は、それらに混ざることなくスマホをいじって時間を潰す。


 ぼっち陰キャの体育祭などこんなものだ。期待なんてしちゃいなかったが、やはりアニメやラノベなんかのキラキラした青春と比べるとあまりにも寂しい。


(せめてつばさがこっち来てくれたら……)


 なんて情けないことを思いながら、ちらりと七組が固まっている方を見る。

 翼は運動部ということで、実行委員会の手伝いをしているようだった。そうでなくとも、こちらから翼に絡んでいくのは情けなくて気が引ける。


 こうなったらもう、とっととこの地獄が終わってくれるのを待つしかないか……。

なんて、思っていた時だった。


「ウェーイ、善くん楽しんでるー?」

「おわっ⁉ か、花恋かれんさん……」


 突如背後から現れた花恋が肩を組んできた。

 驚きとドキドキで善の心臓が早鐘を打つ。

 彼女は善の隣の空いた椅子に座って、


「一人でスマホいじってないで、こっち来てみんなと楽しもーよ」

「い、いや……俺はあんまりそういうの興味ないっていうか……」


「えー、楽しいのにー。ほら、ポーズして!」

「ちょ、な、何を……」


 ヘッドロックのように花恋に身体を引き寄せられる。

 鼻腔をくすぐる甘い匂いに脳をくらくらさせていると、彼女が前方に掲げたスマホが「カシャッ」と音をたてた。


「あははっ、善くんどんな顔してんの!」

「花恋さんがいきなり撮るから……」


 彼女が撮った写真を見せてくる。スマホの画面の中にいる善は、驚きと興奮で目を見開き顔を真っ赤にしていた。


「ほい、今の写真LINEに貼っといたよ!」

「それはどうも……で、花恋さんは向こうに混ざらなくていいの?」


 こんなところで自分と話しているより、彼女もノリの良いクラスメイトと絡んでいた方がよっぽど楽しいだろう。

 なんて卑屈な考えのもと聞いたのだが、花恋は思い出したかのように、


「そうそう。わたし善くんに見せたいものがあったんだ」

「見せたいもの?」


 善が首を傾げると、花恋はスマホを操作してある画像を見せてくる。


「これなーんだ?」

「え……? な――⁉ ななな、なんでそれを……⁉」


 見た瞬間、背中に冷たいものが奔るのを感じた。


 それは善の写真だった。

 ただし、陰キャ高校生の善としてではない――モデルとしての、善の姿だ。


(そんな……メイクしてるし普段と雰囲気違うからバレるわけないって言われたのに……!)


「その反応、やっぱ当たりだったか」


 と花恋は納得したように頷いて、


「わたし最近この『HariLハリル』ってブランドハマっててさー、ルック見てたら『あれ、これ善くんじゃね?』って思って。なんだよー、善くんモデルなんかしてるなら言ってくれれば良かったのに。わたしとおそろっちじゃん」


「い、いや……俺は花恋さんとは少し事情が違くて……」


 善は、花恋が提示してきた画像を見るとはなしに見ながら、言い訳のように語った。


「そこのブランド、うちの姉たちがデザイナーやってるんだ。俺は縁故採用っていうか、喋らなくても稼げる割のいいバイトがあるって紹介されたから――」


 言うと、花恋は身を乗り出して食いついてきた。


「うっそマジ⁉ 善くんのお姉さんデザイナーなんてやってんの⁉」

「え……う、うん……」


「はー、なんか善くんって結構すごい人だったんだね……ん? てかもしかして、前に善くんが行ってたイベントのバイトって――」

「う……」


 花恋に疑惑の目を向けられ、善は言葉を詰まらせる。


 そう言えば前、バイト終わりに花恋とばったり会った時。善は自分のバイトを、「親戚がやってるイベント関係」だと誤魔化したのだ。


 その反応で嘘がバレたのか、花恋は善の頭を掴んでぶんぶんと揺らしてきた。


「こいつ~っ! わたしに嘘ついたな~⁉」

「ごご、ごめんって! 知り合いにバレたくなかったんだよ本当に!」


 善が必死に謝ると、ようやく花恋は手を放してくれた。


「でも、なんでそんなに隠したいわけ? モデルやってるなんてすごいじゃん。だってブランドの専属でしょ? わたしみたいな読モなんかより全然自慢になるって!」

「……」


 彼女の言葉に、善は視線を下げた。

 確かにモデルをやっていると言えば、食いついてきてくれる人もいるだろう。それがきっかけで友達ができるかもしれない。


 ただ――善にとってモデルは、あくまで与えられたものだ。


 ファッションデザイナーという輝かしい才能を持つ姉二人の、おこぼれでもらった仕事。もちろん善がモデル向きの体型だったというのもあるが、姉から誘われなかったら自分はこの仕事をやろうとも思わなかっただろう。


 それに、服を引き立てるのはあくまで八頭身と言われるようなスタイルの良さであり、モデルをやっているからと言って善は特別顔が良いとかそういうことではない。

 姉である刹那せつなからは『THE・凡夫顔』と評されているくらいだし……。

 


 先ほど花恋は善のことを「すごい」と褒めたが、すごいのは自分ではなく姉たちの方だ。

 そういう点ではやはり、自らこの仕事を口にしようとは思えなかった。


「……やっぱり、俺はこの仕事を人に知られたくないんだ。だから花恋さんも、このことは黙っててくれないかな?」

「えー……もったいないなー。まあ善くんがそこまで言うなら……」


 と、花恋は口にしかけて直後、口端を意地悪く吊り上げた。


「でも善くんわたしに嘘ついたしなー。そんなことされたら、わたしも不誠実なことしちゃうかも」

「なっ……! ど、どうしたら黙っててくれるの?」


 下手したてに出てそう聞くと、花恋はますます愉快そうな顔をした。


「それじゃ善くん、今度何かあった時にわたしのお願い聞いてよ」

「え……お、お願い?」

「そう。一回だけ使えるスペシャルなお願い。善くんは絶対拒んじゃダメなやつ」


 言って、花恋は善の目の前で人差し指を立てた。

 あまり分の良い交渉とは言えない。ただ、彼女もそこまで常識のない人間ではないだろう。めちゃくちゃなお願いを言うようには思えないし……善は渋々頷いた。


「……わかった。それでいいよ」

「やった!」


 花恋はおもちゃを買ってもらった子供みたいに笑うと、ぴょんと椅子から立ち上がった。


「それじゃね! お願い考えとくから、期待してて!」


 そう言って彼女はパタパタと走って盛り上がっているクラスメイトの方へと向かう。

 残された善は一人、空を見上げてため息を吐いた。


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