―幕間3― 佐藤翼の独白

 デートを終えて帰宅し、つばさは自宅でシャワーを浴びていた。


「今日は楽しかったなぁ……」


 温かいお湯を浴びてリラックスしていると、先ほどまでの出来事が蘇ってくる。



 初めてメイクやオシャレをして出かけた。


 ぜんに「可愛い」と言われて飛び上がりたくなるくらい嬉しかった。


 水族館ではカップルや親子連ればかりで、「将来あたしも善とこんな風に……」なんて妄想を膨らませた。



 一人で待っている最中人生初のナンパをされた。


 逃げようとした瞬間転んでしまい、どうしよう……と思っていた時、善が助けにきてくれた。


 あの時の善はとてもカッコよくて、そのまま抱きしめてほしいと思うくらい「好き」という気持ちが溢れた。


 その後善が弱音を吐いてしゃがみ込んでいなかったら、きっとまた勢いで彼にキスをしていたかもしれない。



 帰り道で善におんぶをしてもらった。


 提案された時はびっくりしたけど……。彼の背中は自分が思うよりもずっと大きく、広くなっていて、どうしようもなく甘えたくなってしまった。


 ヒールを折ってしまったことは久遠くおんに申し訳なく思うが、それでも良い体験ができたと思う。



 ただ唯一心残りなのは――。


「告白、できなかったな……」


 電車の中で、翼は善に対する想いをぶちまけかけて――失敗した。

 あそこで勢いのままに告白できたら、今頃善は自分の恋人になっていたのだろうか?


 ……いや、なってなくてもいい。どのみち諦めるつもりはないから。

 ただ翼は、善に自分の気持ちを知ってもらいたかった。自分はどうしようもなくあなたのことが好きだと伝えたかった。


 だけど――翼はまた、自分の気持ちに蓋をしてしまった。


 あの時。電車のアナウンスに告白を邪魔されたって、その想いを口にすればよかったのだ。それでもできなかった。あまつさえ、出かけた言葉を引っ込める機会を得てホッとしている自分がいた。


 どれだけ善のことが好きであっても、結果がどうなろうと構わなくても、「好きだ」と口にするのは非常に勇気のいる行為だ。


 翼は結局、善との「友達」というぬるま湯のような関係に甘えてしまっていた。



「はぁ~あ……ま、それはまた今度でいいか」


 そう呟いて、翼はシャワーの栓を閉め、湯船にざぶんと浸かる。


「だってあの善のことだし。陰キャでオタクでぼっちで……誰かに取られる心配なんてないもんね! 気楽にいって、タイミング見つけて告ってやろーっと」


 そんなのんきな笑い声が、浴室内に反響した。




     *




 ――この時の翼はまだ知らなかった。

 自分のそんな驕り高ぶった態度が、後にとんでもない悲劇を引き起こすことになるなんて。


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