第21話 男女で出かけるともなれば立派なデートですよ3

「うー、今日は楽しかったー!」

「そうだな。……まあトラブルもあったけど」


 すっかり日が落ちた頃合い。

 ぜんたちは帰りの電車に乗っていた。空いた座席に、二人肩を並べて座っている。


「にしても、やっぱヒールはダメだね。肝心な時逃げられないわ」

「日常で何かから逃げるシチュエーションってそう多くないけどね」


「それでも、走りたい時に走れないってやっぱストレスだよ。あーあ、これを機に新しいスニーカー買おうかな。ねえ善、そういや来月あたしの誕生日だよね?」


「あーごめん、俺行間読めないタイプなんだ」

「てめー文芸部だろうがっ」


 ぐるるるる……と猛獣のようなうなり声をあげるつばさに、「まあ覚えてたらね」と善は苦笑する。


 そんな感じで電車に揺られながら、二人はつらつらと取り留めのない話をした。

 その中で二人の話題は、明日の日曜日に開催される柿木坂かきのきざか高校体育祭のことになる。


「明日の体育祭楽しみだなぁ。ねえ善?」

「俺は何なら明日なんて来ないで欲しいって思ってるけどな」

「えー、何でよ。絶対楽しいって」


「陰キャには『祭』と『大会』って付く行事を嫌う習性があるんだよ」

「けっ、これだからインドアオタクはよー」


 そう言って鼻を鳴らした後、翼は「そういえば」と切り出した。


「ねえ善、聞いたことある? 体育祭で優勝した組の生徒が、その日のうちに好きな人に告白すると百パーセント成就するってジンクス」


「微塵も聞いたことないな……誰が言ってたの、それ」

「陸部の先輩たち。でも結構アテになるらしいよ。うちの部にも去年の体育祭の後に告白して付き合ったって人いるらしいし」


「ふーん。まあ、新しい環境とかクラスに慣れてくる頃合いだしね。体育祭でクラス一丸になって競技に挑んでたら気になる相手もできるだろうし。大きな行事の非日常感も後押ししたら、そりゃ『付き合ってあげてもいいか』的な感じで気持ちが揺らぐ人だって――」


 言っている途中で、隣の翼から刺すような視線を向けられていることに気づいた。


「な、何……」

「別にぃー? ただ、ロマンのない奴だなぁーって思っただけ」


「いやロマンて……お前そういうの好きだったっけ?」

「好きだよ? だってあたし、乙女だもん」


 つまらなそうに口を尖らせている翼を見て、善はある推論に至った。


「あ、もしかして翼、さっき水族館で言ってた好きな人に明日告白するつもりだったとか?」

「な――⁉」


 口をパクパクさせている翼に、善は確信を得たという様子で続ける。


「やっぱりそうか! ってことは相手が気になるな……くそ、人脈がなさすぎて誰がモテるとかまったくわからない」

「ち、違うから! そんなつもりじゃないから!」


「そんなこと言って、顔真っ赤だぞ? 本当のとこどうなんだ?」

「絶対違う! あたしに好きな人なんていない! 体育祭の後告ったら成功するなんてジンクスもない!」


「ええ……お前それは流石に……なら、さっきまでの話はなんだったんだ」

「今なくなったの!」


 唾を飛ばして怒られてしまい、善は引き気味に頬をかいた。

 先日のカフェでの一件しかり、あの男っぽかった幼馴染も、どうしてなかなか理解不能な存在になってしまったものである。


「善ってさぁ……本当に気づいてないわけ?」

「え、何が?」


 首を傾げる善に、翼はため息を吐いて言う。


「あたしの好きな人クイズ、ヒントあげるね。所属は一年四組」

「お、マジか。俺のクラスって言うと……誰が人気あるんだ? あ、三河みかわくんとか?」


「ブッブー。てか誰それ。顔も名前も知らないんだけど」

「えー……じゃあ後誰かいるか……? 俺、クラスメイトのこともあまり……」


 ブツブツと思索にふける善。そのせいで、翼から睨まれていることに気づかないでいた。


「はぁ……じゃあもう正解教えてあげるよ」

「え、本当?」


 翼の台詞に、善は嬉々として顔を向ける。

 ついに翼の秘密が聞ける……と思ったのだが、肝心の彼女は善のことをジッと見つめたまま、顔を赤くして口を固く引き結んでいた。


「あ、あたしの好きな人は――」


 と、言いかけた次の瞬間。



『A町~A町~。お降りのお客様は足元に注意して――』



「うお、もう着いてたのか! 降りるぞ翼!」

「え? う、うん……!」


 車掌のアナウンスを聞いた善は、慌てて翼の手を引いて座席から立った。二人して駅のホームに降り立つと、善は「間に合った……」と安堵の息を漏らす。


「話に夢中になりすぎたな。それで、結局誰なんだ?」

「へ?」


「話の続きだよ、途中だったろ」

「……」


 数瞬の無言を、けたたましく去っていく電車や改札に向かう人々の雑踏が埋める。


 なかなか口を開かない翼に善は「?」と首を傾げた。

 そして――


「い、言わないっ」

「はあ?」


 翼はプイと顔を逸らしてしまった。


「言わないって……また、なんで?」

「タイミング失ったの! そんくらい察しろ! バカっ!」


 そう叫び、翼は肩を怒らせヒールをカツカツ鳴らして、改札方面の階段を上る。

 陸上部の健脚は早足ながらもぐんぐんと距離を引き離す。

 善はその後ろ姿に慌てて追いすがった。


「ちょ、待てって。一体何なんだよ」

「別に何でもないよ。ただ善の無神経さにムカついただけ」


「何でもなくないじゃん……わ、悪かったってだからもうちょっとゆっくり歩いて……」

「やだ!」


 と、二人が改札をくぐり、駅を出ようとしたその時だった。


「えっ――わ、きゃっ!」


 急に前を歩いていた翼が、バランスを崩してその場にくずおれた。


「翼! だ、大丈夫⁉」

「いてて……うん、平気。でも一体何が……」


 言って、善に手を借りて立ち上がろうとする翼。その時彼女は自分の履いていた靴の異変に気付いた。


「うそ……ヒール、折れちゃった」

「あちゃー。歩き慣れない靴だったからかな」


 翼はただでさえ、普段動きやすいランニングスニーカーしか履かない。

 そんな靴と同じような歩き方をしたから、ヒールに負荷がかかってしまったのだろう。


「ど、どうしよ……これ、くーちゃんから借りた靴なのに……」

「あんまり気にすることないって。あの人靴も服も数え切れないくらい持ってるし。それにそのヒール、観賞用って言ってたんだろ」

「そ、そうだけど……」


 罪悪感に顔を青くしている翼。そんな彼女の不安を取り除こうと、善はこう進言する。


「なら、俺からも謝ってあげるよ。久遠くおん、今日は家にいるだろうから、このまま一緒にうち行こう。それでさっきの件はチャラ。それでいいか?」

「む……なんか都合の良い理由見つけられた気がする……」


 そう言って彼女は目を細めてから、


「はぁ。まあいいよ、それで。今日のところは許してあげる」


 翼からお許しをいただいて、善は「よかった……」と胸をなでおろした。


「じゃあ早速善の家行こうか……って、やば。これ歩けないかも……」


 翼はヒールの折れた右足を地面につけて、ガクガクと足を震わせている。

 今は善が支えているため立っていられているが、自立歩行は不可能そうだ。


「靴脱いで歩くったって危ないしなぁ……――仕方ないっ」


 そう言って、善はその場にしゃがんで自らの背中を差し出した。


「おぶって行くよ。ほら、早く乗って」

「え――⁉」


 善の提案に、翼は何故か動揺しまくっていた。


「? どうしたんだ? 昔よくやってただろ?」

「そ、そうだけどさぁ……」


 翼は何やら躊躇している様子だった。しかしやがて覚悟を決めたのか、おずおずと善の背中に乗ってくる。


「よし行くぞ。しっかり掴まっとけよ」


 と、善が立ちあがった。


 ――瞬間、背中に柔らかい感触が触れた。


 そしてそこでようやく、善は思い出す。


(そうだ……今の翼、サラシしてないんだった……!)


 薄いインナー越しに、たわわに実った巨乳がむにゅりと形を変えて背中全体に温もりを伝えてくる。


 善の動揺を察したのか、翼は先ほどのためらいもどこへやら、急に意地の悪い笑い方をした。


「あれあれ~? もしかして善、そんなにあたしのおっぱいに触りたかったのかな?」

「ち、ちがっ⁉ 俺は単に親切心で……!」


「へーほーふーん。ま、これは善の家まで送ってもらうタクシー代ってことにしておいてあげるよ。今のうちにたっぷり堪能しな」

「おわっ⁉ おま、揺らすなって」


 そうして翼は自分の胸を押し付けるように善の背中で身体を動かす。


 善は背中に感じる翼の体温から必死に意識を逸らしながら、自宅への道のりを急いだ。


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