第20話 男女で出かけるともなれば立派なデートですよ2

「こういうところって、やっぱカップルで来る人多いんだね」

「……え? ああ、うん。そうだな」


 つばさがふと放った言葉に、ぜんは訝りながら首肯した。


 二人は今、大きな水槽の前にある段差に座って魚を鑑賞していた。

 ここはゆっくり鑑賞したい人たち向けのスペースのようだ。

 いくつかある段差には、善たちと同じように何組かの人が座っている。


「周りの人からしたら、あたしたちもカップルに見えてたりして」

「なっ……! そ、そんなこと……」


 翼の戯言を否定しようとするが、困ったことにまったく否定の言葉が出てこなかった。

 何故って、この場にいる客の大多数は恋人同士や夫婦だったからだ。


 暗い館内にぼんやりと浮かぶ青い水槽という光景はまさに幻想的だった。

 他のところと比べて落ち着いた雰囲気があるから、非常に良い雰囲気の場所である。


 その空間に、善たちは少々気合いの入った格好で座っている。

 傍から見たら、逆にそういう関係以外で何があるという話だ。


「……言われて気づいた。他のとこ行こうか」

「! 待って!」

「わっ、な、なんだよ……」


 立ち上がろうとしたところを翼に袖を引かれ、善は目を丸くする。


「あたし、もうちょっとここの魚見ていきたいんだけど」

「ええ……十分見たし、もう良くないか? それにお前、こういう小魚系より大きいサメとかの方が好きだろ」


「そうだけどさぁ。あたしここ気に入ったし」

「なら翼はここにいていいよ。俺、クラゲのとこ見てくるから」


「そういう話じゃないでしょーが! あたし一人にして、ナンパとかにあったらどうするつもりなわけ?」

「翼がナンパされるわけ……」


 と言いかけ、善は今の彼女の姿を見て考えを改めた。


「……はぁ。わかったよ」


 結局、善が折れてその場に座り直した。

 そんなやり取りの流れから、二人の話題は恋愛関連のものになる。


「ねえ、善は彼女とか作る気あるの?」

「あー……一応ね。高校生だし、そういうのに憧れとかはあるよ」


「クラスに良い子とかいる? 四組って女子のレベル高いって聞くけど」

「ええー……それ答えなきゃダメ?」

「ダメダメ絶対答えて!」


 翼に食い気味に言われ、善はのけ反ってしまう。


「……ま、可愛いなーって思う女子はいるよ」

「ふ、ふーん……」


善は正直に答えるも、翼はどこか心ここにあらずといった感じだ。


「でも、向こうは人気者だからね。男子からすごい告白されてるみたいだし。可愛いなとは思っても、別に告白しようとかそういう気にはならないかな」

「そ、そっか……」


(花恋かれんさんだったら、きっと芸能人並みの人とだって付き合えるだろうしな……)


 と、負け犬思考を巡らせる善をよそに、翼は胸を撫でおろしていた。


「それより、翼はどうなんだ?」

「へ?」


「好きな人だよ。高校生活にも慣れてきた頃だし、そろそろできたんじゃないか?」

「え、え~……? あたしのことはいいからさ、それより善の――」


「まさかお前、俺にだけ答えさせるつもりじゃないよな?」


 痛いところを突かれたとでもいうように、翼は目を泳がせた。それからしばらく逡巡するような素振りを見せて、


「……うん。いるよ、好きな人」

「へえ!」


 意外な答えに、善は思わず瞠目した。


「相手は誰? 同じクラスの人? それとも同じ部活の人とか?」

「どっちもハズレ。でも、同じ学校の人だよ。学年も一緒」


「なるほど。うちの一年生で七組以外の人か……候補多すぎて絞れないな。もっとヒントくれない?」


「……あ、善。魚泳いでるよ!」

「いや話の逸らし方雑すぎだろ⁉ 泳いでるに決まってるじゃんか水族館だぞここ」


「だったらもっと他のとこ見よーぜ。クラゲとか!」

「さっきはここいたいって言ってたくせに……」


 なんて気まぐれな彼女に振り回されつつ、善は先を行く翼について行った。



     *



 そんなこんなであらかた展示を見終わり、二人は水族館を出た。


 もう十分楽しんだ気はするが、何せここは娯楽の集う繁華街。水族館の入っているビルの内部ですら見るところはたくさんあるのだ。


 というわけで二人は噴水広場で写真を撮ったり、翼の要望でスポーツ用品店を覗いたり、善のリクエストのゲーム公式ストアで買い物をしたりしていた。


 地上六十階建ての大型複合商業施設は流石で、一日じゃ周り切れないくらいの店舗数を誇っている。

 ぶらぶら歩いているうち、善は尿意を催してビルの中にあるトイレに入った。


「ふう……まさかこんなに買い物する羽目になるなんてな」


 善は洗面台で手を洗いながら、脇に置いたキャラクターの描かれている袋を見る。これでは水族館に来たんだか、ゲームのストアに来たんだかわからない。


 そうしてハンカチで手を拭いながらトイレを出ると、


「あれ、どこ行ったかな……」


 約束していた場所に翼の姿が見当たらなかった。このエレベーター脇のベンチで待ってると言っていたのだが……。


「ま、落ち着きのない翼のことだし、そこら辺の店歩き回ってるんだろうな」


 なんて思って、一応連絡を取っておこうとスマホを取り出した、その時だった。


「なあいいだろ、これから俺たちと遊びに行こうよ」


「うわ……」


 その光景を見て、善は思わずうめき声をあげてしまった。

 善のいるベンチから、少し離れたところにある案内板の前。


 そこには翼と、彼女に声をかけている二人の男の姿があった。片方は髭面、もう片方は長髪で、明らかに穏やかではない風貌だ。


(まあ翼のことだからあまり心配はないんだけど……)


「あたし連れがいるんで。帰ってください」

「そんなこと言わないでさ、行こうって、な? ぜってー楽しいから」

「いや無理だから。もっと女の子が行きたくなるような誘い方覚えた方がいいですよ」


 一向に怯んだ様子を見せず、ナンパ男たちの誘いを断る翼。

 流石に昔から男と混じって遊んでいただけある。むしろその瞳を獣にように猛らせて、彼女の方から手を出しかねない雰囲気だ。


(こういう時、アニメの主人公だったら格好よく駆けつけるんだろうけどなぁ……俺が行ったら余計足手まといになりそうだ)


 なんて情けないことを考えつつ、しかしあの光景を見てしまった以上何もしないわけにもいかない。

 ということで、善は近くにいた中年の警備員を捕まえる。


「すみません。あそこにいる女の子、俺の友達なんですけど、変な人たちに絡まれちゃって。注意してもらえますか」

「ありゃ~、こりゃ大変だ。ちょいと待ってね、こっちで対応するから」


 なんてやり取りをしていた、その時だった。


「ちっ……しつこいっての――きゃ!」


「へへっ、お姉さんだいじょうぶー?」

「俺たちが支えてやるよ、ほらっ」


「わっ、ちょ……触んなコラ!」


 向こうの方から一気に緊迫感した空気が伝わってきた。

 男たちのしつこさに走って逃げようとした翼だったが、ヒールを履いていたせいでコケてしまったようだ。


 膝をつく翼に、男たちは下卑た顔で肩を貸そうとしていて――

 そんな状況を目にしてしまったら、もう警備員の対応を待つ余裕なんてなかった。


 善は一目散に幼馴染の下へと駆けていく。


「つ、翼っ! 大丈夫か⁉」


 突如現場に現れた善に、男たちは眉間に皺を寄せて凄んでくる。


「ああん? んだテメェ」

「こっちは取り込み中なんだよ。さっさと消えろガキ」


 唾を飛ばして言ってくる彼らに一瞬怯んだが――善は勇気を振り絞って彼らの肩を引っ張った。


「俺、こいつの彼氏なんで。手ぇ出すの止めてもらえますか?」


「はぁ? っのやろ!」

「どこ掴んでんだコラ!」


 あわや一触即発、といったところで、善はこう付け足す。


「あとついでに、あなたたちのこと警備員の人たちに知らせておいたんで。早くしないと人来ちゃいますよ」

「な……っ⁉ てめ……!」


 男たちが苦い顔をした瞬間、向こうの方からちょうどいいタイミングで警備員たちがやってきた。


「ちっ……仕方ねえな……」

「おい、とっとと行くぞ」


 そうして男たちは露骨に不機嫌な様子で去っていく。

 後に残された善は翼の方に駆け寄って、


「翼、平気?」

「う、うん……ありがと」


 彼女に手を貸して立ち上がらせるやいなや、善は入れ替わるように大きなため息をついてその場にしゃがみ込んだ。


「こ、怖かった~……」


 あんな柄の悪い連中に立ち向かうなんて初めてだったため、寿命が縮んだ気分だった。

 だがそんな様子が翼はツボだったようで、


「ぷっ……あははっ! 『怖かった』は普通あたしの台詞でしょ」

「うるさいな……こちとら喧嘩なんてほとんどしたことない平和主義者なんだよ……」


 未だに震えている指先を何とか押さえ、善はゆっくりと立ちあがる。


「締まらないなぁ。それでも彼氏の自覚あんの?」

「あれはあいつら追い払う方便だって……ていうか翼、ずいぶん余裕そうだな」


 助けた側がヘロヘロになっているのに、助けられた側は何故かピンピンしている。


「まーね。あんなやつらあたし一人で十分だったっての」

「助けるんじゃなかった……」


 俯き加減にそう言う善の頭をわしわし撫でながら、翼はケラケラ笑っていた。


「うそうそごめんね。助けてくれてありがと。さっきの善、カッコよかったよ」

「……そりゃどうも」


 善は微妙な顔をしながら、しばらくの間翼に撫でられ続けていた。


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